◆記憶とメモ
柔らかくて、温かくて、心が落ち着く、ヒトの体温。
もう無償でその優しさと温もりを与えてくれる人は傍にいないけれど、それでもその記憶がある限り、私は待っていられるし、我慢できる。
記憶にさえ残らない、懐かしい頃の夢を見ていた様な気がしたけれど、それはやっぱりただの夢で、私が夢の世界から浮上して目を覚ました時に傍にいたのは、芽衣さんだった。その事に少しだけガッカリしてしまうのは失礼だってことは判ってはいたけれど、それでもがっかりしてしまうのは、私が心の底ではあのヒトを母として見ていて、いつか、きっと、と、叶わない夢を見続けているから。
「あら、もう起きちゃったの?」
ハイ、起きちゃったんです。
多分目を閉じれば、また簡単に寝入る事が出来るのだろうけれど、私はそれを望まないし、望んでない。きっと眠ってしまえば寝言であのヒト達を、両親を求めてしまうから。だから今は起きていようと思う。
そう決めた私は、とりあえずだるくて重い身体を起こし、水を求めてフラフラとダイニングキッチンにある冷蔵庫前まで行き、そこで一枚のメモに目が入った。
それは本当に走り書きで、急いで書いたと思われるモノで。
メモを冷蔵庫から剥がし、眺めていると。
「なっちゃんならどうしても外せない会議があるからって、あら?」
芽衣さんは私が眺めているメモを目にするなり、あらあら、と、二マニマしながら微笑み、私を見下ろしては「なるほどねぇ~」等との意味不明な事を呟き、一人で何かを納得していた。
何がなるほどなのかは気になる所だけれど。
「芽衣さん、私、お腹がすきました・・・。」
それに喉も渇いた。
これじゃあ力も出ない。
私はメモを握りしめて、体力とエネルギーを取る為に冷蔵庫を開けたのだった。