◆学校に行きたい・・・。
「で?なんの用があってきたんだ?」
朝食を三人できっちりと食べ終えた後、桐崎さんは私の代わりに朝食に使った食器を洗いながら(食洗機はあるけど、あまり使われてない。と言うか、嫌いみたい。)、お兄さん改め、芽衣お姉さんに、何故急に自分の家に来たのか、その理由を尋ねていた。
私はと言えば、病み上がりと言うだけの理由で、芽衣さん特製のホットレモネードを飲むようにと言われ、芽衣さんの横で大人しくそれを飲んでいたりする。
風邪と言えば苦い粉薬しか知らない私は、初めてのレモネードを心行くまで堪能していた。
だって、人が自分の為だけに作ってくれたものだよ?
お金を払う訳でもないのに、私にこんなに優しくしてくれる人はあまりいないと思うの。
あ、でも保科さんは別!!別問題。あの人は絶対に聖人君子だから。
「なんの用かですって?そんなの決まってるじゃない。あなたが未成年の女の子をマンションに連れ込んでるって、本家に密告の電話があったから、正気に戻しに来たのよ。」
「そいつは初耳だ」
「なっちゃん、」
きゅっと、すっかり綺麗になったキッチンシンクを濡れ布巾で拭き上げた桐崎さんは、芽衣さんの忠告とも言える言葉を鼻で嗤いながら(本当に厭味ったらしくね。)、私の方に、私が嫌いで嫌いで仕方がない苦い粉薬を放り投げてきた。
なに?
もう熱は無いのに、飲めっての?
桐崎さん、桐崎さんって実は・・・
「黙って飲め。今は一時的に下がってるだけだ」
なぁ~んだ、そう言う事か。
私ってば桐崎さんの事、ただの【鬼畜】か、【馬鹿】なのかなって思ってたよ。
「・・・、ちかちゃんってば、また熱が出て来たんじゃないの?全部口に出してるわよ?」
え?なにが?
首をコテッと横に傾けると、大きな掌が前髪を避け、私の額に触れてきた。
その掌に、私はどうしてか不思議な懐かしさを感じた。
父親と言う存在を、言葉でしか理解できない私。
私の父親は人殺しだと、あの人達は私に侮蔑を含んだ言葉で話した。
見たくない、聞きたくないと泣き喚く私に、あの人達は容赦なく私に【事実】を突き付け続けた。
それは私が夜逃げ同然に桐崎さんの家に【家出】するまで続いた。
「そう、ちかちゃんは御両親に捨てられたの。可哀想ね」
私が可哀想?
そんな事ない。
私は可哀想なんかじゃない。
ただ、父親の事を知らないだけ。
母親の愛情を知らないだけ。
そして学校に行きたくても行けないだけ。
だから私は可哀想じゃない。
「ちかちゃん、ちかちゃんは学校に行きたいのね?」
・・・うん。
優しい優しい低い声に、私は自然と頷いていた。
私が受験した高校。
そこは私の父だと言われている人が、私を殺そうとし、それが出来ずに困って捨てた末に、狂った女が出逢った場所だから。
でも、行けなかった。
私はいつの間にか閉じていた瞼を押し上げ、両手で握るように持っていたグラスの中身を飲み干し、笑った。
笑った筈だった。
けれど、実際は・・・。
「央子・・・?」
訝しげな桐崎さんの言葉を最後に、私の意識は呆気なくブラックアウトした。
そして次に私が目を覚ましたのは、お昼を少し過ぎた頃で、その時に私の傍についていてくれたのは、髪をアップにした芽衣さんだった。