◆傍にいてもいいんですか?
――貴女なんか産まなきゃ良かった。
アンタさえ産まなきゃ、私は幸せだった。
私の人生を返して――
そう言われ、首を絞められ、今にも呼吸が止まりそうになった時、何か冷たいモノが額に触れた瞬間、一気に視界と意識が鮮明になった。それに釣られる様にうっすらと瞼を押し上げれば、随分と端正な顔立ちをした保科さんの寝顔が見えた。
どうして保科さんがいるんだろう。
それが私の第一声だった。
そんな私に対し。
「保科はお前の面倒をみる為に早退したんだ」
いささか疲れきったような家主サマである桐崎さんの声が聞こえた。
どうやら本当に疲れているようで、ため息交じりの声が若干嗄れているような気もする。
でも、その時の私には、家主サマの事をそれと認識していなかった。
ご飯は食べたんだろうか、お風呂は入ったんだろうか。まだ入っていないのなら、食べていないのなら今すぐ用意しなければ。用意しなければ怒られる。――また、捨てられる。
「ごめん、なさい。今、用意するからッ、」
熱が上がった事でフラフラするする身体になんとか力を入れ、立ち上がろうとしたした私に、その人はネクタイを左手で緩めながら右手で私の動きを引き留めた。途端、びくっと大きく震える身体。
「動くな。熱が上がるだろうが。」
「でも、ごはん、お風呂」
「良いから大人しく寝てろ。」
そんなに震えてるってことは寒いんだろ、と言われ、私は混乱した。
どうしてこの人は怒らないんだろう。
どうしてこの人の手はこんなにも温かいんだろう。
――どうしてこの人の傍は安心できるんだろう・・・。
「どうした。泣くほど身体が辛いのか。」
違う、違うの。
頭を左右に緩く振る私に、その人は困惑した風に参ったなと、呟いた。
呟きながら、綺麗に後ろに撫でつけられた髪を掻き崩しながら、その人は大きな溜息を吐き、再び口を開いた。
「泣くな。とりあえず寝ろ。傍にいてやるから」
そのたった一言で、私の張りつめていた心はあっという間に解れ、涙がボロボロと流れ出た。
ずっとその言葉が欲しかった。
捨てられたあの日から、ずっと。
もし許されるのなら、この人が許してくれるのなら。
「傍にいても、いいの?」
私の舌ったらずな甘い声にも、その人は嫌な顔はせずに、幾分か固い、けれど、温かい笑顔を浮かべ、頷いてくれた。
それを見て、心の底から安堵した私は、すぅーっと、久しぶりに深い眠りに着いた。