◆嘘はもっと上手く吐け
桐崎視点
野良猫の様な警戒心、とは、古人は良く言ったモノだ。
野良猫は、一度人間によって酷く扱われたり、捨てられる事で出来上がる。そしてそれを一度体験した猫は、二度と人に懐こうとはしない。
それは人間も同じなのだろう。
「社長、件の少女の事ですが。」
粗方の業務の報告を終えた秘書の一人が、眉を不快気に歪め、報告書を睨んでいる。その表情からするに、おそらく素情が悪いのだろう。だが、聞かなければ何も始まらない。
そんな俺の考えが伝わったのだろう。秘書の一人であるそいつは、俺が促すまでもなく、口を開いた。
「天海 央子、3月3日産まれのA型、母親は現在精神科病棟に入院中で、父親は樋野 流麗氏ですが、こちらは殺人と横領の罪で刑務所に服役中です。高校は私立花宝苑学院に合格したものの、資金面の問題で辞退。中学時代は常に喧嘩が絶えなかったようです。」
ろくでもない人間だと、最後に断言した秘書は、報告し終えた事をいい事に、さっさと通常業務に戻っていった。だが、保科はそれに酷く憤慨していた。
「本当にそれはあの子の事ですか?風を花粉症だと、嘘もバレバレな言葉を言い張る、あの子の!!」
その保科の言葉に、俺が今までパソコンのキーボードを弾いていた指が止まる。
今、保科は何と言った?
風邪を花粉症だと言い張った?
「保科、タマは風邪を引いていたのか?」
「えぇ、ばっちりと。」
あれはきっと38度を超えてますね、と言いきった保科に頭痛を覚えた。
あれほど俺には飯を食えだの、布団で寝ろだのと口煩く言っていたクセに。
全く、世話が焼ける。
「保科、お前、俺の代わりにタマに付いてろ。」
「良いんですか?俺で。」
「お前以外だとタマは遠慮するだろ。」
一度拾ったモノは、その本人が出て行くまでは面倒は見る。
それが必要最低限の義務だと言う事は、誰でも認識していて、心得ている当然の事だだろう。
俺の言葉を本気かどうか確かめてから、保科は肩を竦め、ポツリと一言呟いた。
――相変わらず、判り難い優しさですね、と。
その保科の判った風な言葉と態度に、腹が立った俺は、犬を追い払うように手を振った。
「解ったらとっとと帰れ。――今日は遅くなる。」
「ハイハイ。判りましたよ。ちゃんと伝えておきますよ。」
そう、この時は未だ、本当にアイツをペットの様だと思っていた。
だから一緒に住んでいても平気だったし、何とも思っていなかった。