◆最悪なファーストコンタクト
この年齢差は犯罪でしょうか?
幸せってなに?
少なくとも、強制的に押し付けられたり、コレって言えるものじゃないと思う。
だって、私達は意志を持った、一人一人の生きた人間なのだから。
私、天海 央子、15歳、孤児。
私の幸せは、食べる事と誰かの為に美味しい料理を作ることだった。
だけど、今はそんな悠長な事なんて言ってられない。
両親から捨てられて10年。
そんな私は今、大きな岐路に立たされられている。
それはこれからの人生の進路だ。
希望していた高校には合格しているけど、授業料やその他に掛る経費は払えない。
かといって、今時中卒で働けるところや、雇ってくれるような奇特な企業はない。
もし、高校に入学をするのならば、入学金は今週中に学校指定の銀行口座に入金するか、事務手続きに学校に行くしかないし、高校には行きたい。
けど。
ちらりと財布の中身を見れば、自ずと答えは導かれる。
「就職、しかないよね・・・。」
現実は厳しい。
孤児である私に残された道は一つしか残されてない。
私は湧き上がる苛立ちを抑える為に、メロンソーダを一気に飲み干した。
今私がいるのは、24時間営業の深夜のファミリーレストラン。
平日の夜だと言うのに、お客さんは意外と多い。
けど、未成年は多分私だけ。
あとはみんな仕事帰りの人達や、それこそ仕事の合間に来ているような人達だけ。
――カランッ・・・。
氷がグラスの中で溶け、互いに動き、涼やかな音を奏でた。
と、その時。
「ふざけないで!!馬鹿にしてるの!?」
静かだった店内が俄に騒がしくなる。
この騒音の発生源は、全くもって迷惑な事に私の座っている席の隣。
(ああ、煩いなぁ~・・・。なんなの?)
人が悩んでいる時に、と、隣の席に目を向ければ、一組の男女が(と、言っても化粧の濃い女の人が一方的に)言い争っていた。
男の人は何かをかけられたのか、高そうなスーツと髪が濡れていた。
それに構う事無く、男の人は。
「気は済んだか?」
「な、なんですって!?」
あからさまな溜息が男の人から出る。
「私と君の夫婦関係は、既に半年前に破局している。それが今更妊娠とは・・・。」
聞いて呆れる。
と、侮蔑に塗れた痛烈な皮肉と嘲笑を、男の人が涼しい顔つきで淡々と紡いだ。
見ては、聞いてはならないものを見てしまった。そして聞いてしまった。
これが俗に言う修羅場なのだろう。
それを体験してしまったある種の恐怖心から、そっと、視線をバイト情報誌に移そうとした私は、ボロボロの鞄を、誤ってテーブルから落してしまった。
それと一緒に落ちたのが、薄桃色のA4の封筒と、履歴書。
「・・・。(気まずい)」
焦げ茶色の髪のツインテールに、クリーム色のカーディガンを羽織っただけの私は、何処をどう見ても未成年で、中学生にしか見えない。
事実、まだ3月なので高校生ではない。
とりあえず落してしまった荷物を拾うべく、席から立った私は、真っ先に封筒を拾い、履歴書の行方を目で追った。
ああ、神様。
私はあなたに何かしたでしょうか。
履歴書は、件の男の人の足元にあった。
しかもその履歴書は、男の人の足の下敷きになっている始末。
(酷い、酷過ぎる。)
それでも拾わなければならない。
(がんばれ、私!!)
気合いを入れ直した私は、無神経な現代っ子ぶりを発揮して、頭の悪そうなキャラを演じた。
「ちょっとどいてもらえませんか~?履歴書落しちゃってぇ~。あッ!!」
--ビリッ・・・。
誰が悪いとか、そんな問題じゃない。
踏みつけられていた履歴書を救出しようとした私を襲ったのは、これまた悲劇だった。
男の人は、私の言っている事が解らなかったのか、足を無暗に動かし、あろうことか破いてしまったのだ。
紙が破れた音で、ようやく私の言葉の意味が通じたらしく、それでも男の人は表情を変えず、私を無視した。
その瞬間こみ上げた感情は、激しい苛立ち。
だいたい、こんな処で喧嘩することが間違ってるんじゃないのか。
夫婦喧嘩なら裁判所でやれ。
「聞こえなかった?あたしは退いてって、言ったんだけどなぁ~?」
怒りの感情は、人を簡単に支配する。
私は男の人の前にあった水の入ったグラスを持ち、それを男の人の頭の上でひっくり返して、破れてくしゃくしゃになった履歴書を拾い、立ち上がった私は、にこっと笑い、毒を思いっきり吐いてやった。
「因果応報、って言葉知ってる?醜い喧嘩なら外でやってよね。」
そのままレジに行き、清算を済ませ、ファミレスを出た。
それが、桐崎 夏琉、31歳、との運命の出会いだった。
でも、この時の私は、二度と会うことは無いだろうと思っていた。