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トマトは甘くない方が美味しいし、塩鮭は塩っぱいほど美味しい。

掲載日:2026/09/11

〽えぇんやあぁ〜〜〜こりゃっ

 ッターン。ッターン。

〽えぇんやあぁ〜〜〜こりゃっ

 ッターン。ッターン。

 と、みんなが歌いながら、

 青竹を両手に、川面を叩く。

 川の流れを堰き止めるように、

 少し斜めに横一列に並ぶ、その列の端。

〽 ぇ や ぁ    りゃぁ

               ぺちん

 と僕は、息も絶え絶え、叩く。

「おいおい、坊。おめんとこから、

 魚が、逃げとるがぁ」

 ガッハッハ、っと、

 粗雑な笑い声が、列から聞こえる。

 僕は、もう。ただ黙って。

 ぺちん。ぺちん。と。叩く。叩く。


 


 本当にまっすぐな道を、僕は初めて見た。

 ずーーーーっと。田んぼ田んぼ田んぼ。

 ずーーーーっと。青い空青い空青い空。

 軽トラの助手席。フロントガラスに映る。

 その景色に、ちょっと感動した。


 のも。もう。ずいぶんと前。

 あの時の感動はもう。遠い夏の思い出。

 お爺ちゃんとお婆ちゃんの家に来て。

 お盆。お墓参りが過ぎて。

 お父さんとお母さんは帰って。

 僕だけ残されて。


 ご飯を食べて。草むしり。

 ご飯を食べて。西瓜を転がし。

 ご飯を食べて。茄子の棘に刺さり。

 ご飯を食べる前に。枝豆を枝から取る。


 楽しみといえば、スーパに野菜を卸し。

 その後にアイスを買ってもらうこと。


 夜。ロケット花火を。水平に。

 道に並べて、火をつけて。

 飛ばすのは、もう。三日で飽きて。


 お父さんが子供の頃。

 チャンネルが二つしかなかった。

 と言ってたテレビは、今。

 四チャンネルあるけど。

 どれもつまらなくて。


 野良仕事のない時間は、ただ。

 ぼうっとしていた。


 二日目にあれだけ集めたセミの抜け殻を。

 さくさくさくっと、人差し指で、

 潰し潰し、していたところ。


「なんが、暇しちょっとが。

 明日は川ん、連れってっちゃあがな」

 と、お爺ちゃんが言った。


 んで。僕は。

 川で、川を、叩いてる。

 イジマズ。

 石鱒って書くのかな?


 伝統漁法の追い込み漁。

 あらかじめ、川の横腹から、

 水を引いて、水たまりを作って。

 わんど、って言うらしい。

 上流と下流の二手に分かれて、

 竹で水を叩いて、そこに魚を追い込む。


〽えぇんやあぁ〜〜〜こりゃっ

 ッターン。ッターン。

 って、歌を歌いながら、

 タイミングを合わせて。


 キツい。キツすぎ。

 川の流れは速いし。

 竹は僕の身長くらいあるし。


 僕が叩くのが弱いせいか、

 多くの魚が、僕の前で、

 跳ね跳ねて、逃げていく。

 目の前で跳ねるたびに、

 思わず尻餅をつきそうに。


 でも、ちょっとだけ。

 退屈だったのもあってか。

 楽しかった。


 夜ご飯の前。

 目が合いながら、

 ぽかんと開いた口から、

 お尻まで。

 竹串で刺すのを手伝った。

 野菜しか出ない食卓に魚の塩焼き。

 しょっぱかったけど美味しかった。


 夜。お婆ちゃんと一緒に。

 久しぶりに満足して眠った。




〽えぇんやあぁ〜〜〜こりゃっ

 ッターン。ッターン。

〽えぇんやあぁ〜〜〜こりゃっ

 ッターン。ッターン。


 聞こえてくるのは、昼の。

 あの掛け声より、ずいぶんと小さい。

 目が覚めると、お婆ちゃんは、いない。

 

〽えぇんやあぁ〜〜〜こりゃっ

 ッターン。ッターン。


 田舎の夜は、とても暗くて。

 窓から、ちらちらと、光が入ってるのに。

 すぐに気がついた。


〽えぇんやあぁ〜〜〜こりゃっ

 ッターン。ッターン。


 揺らめく光。

 提灯のような丸。

 が、家に。どんどん。

 近づいてくる。

 近づく玄関と反対の方から。

 裏口から、僕は、家の外に。

 

〽えぇんやあぁ〜〜〜こりゃっ

 ッターン。ッターン。


 歌と音が近づいてくる。

 僕は逃げて、田畑の方へ。

 まっすぐな道。

 両脇を用水路がちろちろと。

 右を向くと。


〽えぇんやあぁ〜〜〜こりゃっ

 ッターン。ッターン。


 遠く、ぼんやりと白、黄色。

 僕は、左に逃げる。

 裸足のまま。

 靴。履いてくれば良かった。

 走る。走る。走る。


 後ろから。

〽えぇんやあぁ〜〜〜こりゃっ

 ッターン。ッターン。

 心臓の音が大きくなって。

〽えぇんやあぁ〜〜〜こりゃっ

 ッターン。ッターン。

 歌はもっと大きくなって。


 転ける。転ぶ。擦り剥く。

 顔を上げると、目の前にも。

 ぽつぽつぽつと光の列。

 挟まれた。

 どうする?


 そうだ。

 僕は、踵を返し、駆ける。

 暗い。けど、だんだんと。

 目が慣れてきていて。

 あった。

 お盆。

 お墓参りに来たお寺。


 境内の石畳。

 両脇に竹林。

 小さなお堂。

 賽銭箱の後ろ。

 階段を登って。

 襖を開けて。

 中に。


〽えぇんやあぁ〜〜〜こりゃっ

 ッターン。ッターン。

〽えぇんやあぁ〜〜〜こりゃっ

 ッターン。ッターン。

〽えぇんやあぁ〜〜〜こりゃっ

 ッターン。ッターン。

 … ・ ・  ・


 静か。になった。

 笹に隠れた向こう側。

 ふっ。ふっ。と明かりが消えた。


 聞こえる。

 ひたひたと、石畳を歩く音。

 ひそひそと、声がする。


「つかまえた。つかまえた」


 逃げようと、振り向くと。

 仏像の顔が。

 口を開けた。

 魚。




 目が覚めた。

 汗びっしょり。

 鳥肌の一粒一粒に。

 玉の汗が噴いていて。

 隣に。お婆ちゃんがいない。

 お婆ちゃん、お婆ちゃんっ。


 台所。

 とんとんとん、と包丁で。

 野菜を切る。お婆ちゃん。

 良かった。

「暑かったが。味噌汁あるがぁ」

 食卓。鍋とおたまと。トマトの味噌汁。


「塩が、効いてて、旨いがぁ」

 振り向いた。

 お婆ちゃんの。

 顔が。



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