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出会っていない『古代魔術の行使者』の2人

 王都を未曾有の大災害から救い、愚かな元婚約者に引導を渡してから数カ月。

 各所から届く擦り寄りの手紙に、2人はそろって無視を決め込んでいた。そんな外の喧騒など気にも留めず、再び研究に没頭する日々。静かで、そして充実した時間を、2人は惜しげもなく費やしていた。


 ある夜のこと。

 辺境伯邸での食事を終え、食後の雑談を楽しんでいたときだった。資料をめくっているアルベルトの隣で、エメラルダ・ヴァインベルクがふと口を開く。


「アルベルト。私、この世界のどこかにいるという残り2人の『古代魔術の行使者』に会いに行きたいと思っているの」


 あまりにも自然な口調だったので、アルベルトは一瞬理解が追いつかなかった。資料をめくる手を止め、きょとんとした顔で彼女を見る。


「……あとの2人、か」


 少し考えてから、ふむ、と頷いた。


「確かに俺も会ったことはないな」

「この世に4人しかいないのよ? 会わないまま一生を終えるなんて、ちょっと勿体ないと思わない?」


 エメラルダの瞳がきらりと光る。かつて聖女と呼ばれていた頃の、穏やかな微笑みとは違う。未知を前にした研究者が見せる、好奇心に満ちた輝きだった。それを見たアルベルトは、思わず小さく笑う。


「ふっ、エメラルダらしいな」


そして肩をすくめた。


「まあいい。この機会だし、会いに行くのも悪くない」

「でしょう?」


 エメラルダは嬉しそうに頷くと、さっと立ち上がる。そのまま軽やかな足取りでバルコニーへ向かった。


「じゃあ、場所を聞いてみましょう」


 誰に、とは言わない。そんなことを聞くのは野暮というものだ。夜空に向かって、エメラルダは細い指を伸ばした。



「我が名は、エメラルダ・ヴァインベルク。ただいまより、古代魔術の行使を宣言する」



 その言葉に応えるように、空間がふるりと震える。

 次の瞬間、鈴を転がすような笑い声と共に、光の塊がふよふよと舞い降りてきた。


『あら、また呼んでくれたのね』

『祝福の魔女様、今度は何を求めるのかしら?』


 現れたのは光の精霊たち。かつてエメラルダに≪祝福の魔女≫という名を贈った存在である。楽しそうに彼女の周りを飛び回る精霊たちへ、エメラルダは微笑みながら問いかけた。


「この世にいる、私とアルベルト以外の行使者の居場所を教えてくださらない?」


 すると精霊たちは、空中でくるくると輪を描きながら囁き合う。


『もちろんよ~』

『あとの2人はね、とっても遠いところにいるわ』

『深い霧と豊かな水に守られた国』

『東の果てにある国、ネブラークに住んでいるのよ』

『ひとつの魂を分かち合うみたいに、寄り添って暮らしてるの』


「ネブラーク……霧と水の国ね」


 いつの間にか地図を広げていたアルベルトと、エメラルダは視線を交わした。王都からさらに東。海を越えた先にあるその国は、独自の魔術文化を持つことで知られている場所だ。そこに行使者がいるとなれば、当然、興味が湧かないわけがない。


「いいんじゃないか」


 アルベルトは地図を片手に、バルコニーまで歩いてくる。すると精霊たちは、今度は光から泡へと姿を変えた。ふわふわと彼の周囲を漂い始める。


 精霊とは、定まった姿を持たない存在。だからこそ、術者の影響を受けやすい。今はアルベルトの特性である『泡』に影響されているのだ。


 アルベルトは精霊たちに向かって言った。


「精霊。向こうにいる2人の行使者に伝言を頼めるか?」

『ふふっ、いいわよ』

『なんて伝えようかしら?』


 アルベルトは少し楽しそうに笑った。


「≪祝福の魔女≫と≪古代魔術の探狂者≫が、こちらから会いに行きます。そう伝えてくれ」

『は~い。頼まれたわよ』


 精霊たちは楽しげな声を残し、夜空へと散っていった。


 そして3日後。

 2人は執事のトーマスに屋敷を任せ、長い旅へと出発したのだった。


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