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未曽有の大災害


 エメラルダとアルベルトが辺境伯領で古代魔術の研究を始めてから、1年という月日が流れた。

 彼女は定期的に両親へ手紙を出したり、帰省したりしているため、今では元気に、そして自由に羽を伸ばしている娘に、両親も安堵の表情を見せていた。アルベルトの存在も公認で、何なら研究費の出資をしてくれるほどだ。


 2人はというと、古代魔術の研究をしつつ、聖女の力との親和性についても掘り下げていた。辺境ということもあってか、研究内容を盗もうと企む輩もいない。


 そんな最適で快適な環境の元、2人は今日も研究に勤しんでいる。


「エメラルダ。もう少し聖女の力の出力を上げられるか?」

「もう少し…これでどう?」

「良い感じだ。あとはこれをー…」


 すっかり敬語も無くなった2人は、最高のコンビとなっていた。研究に没頭するあまり体調を崩し、執事のトーマスに叱られる。そこまでセットになりつつも、やはり研究の手を止めることはない。





 そんな平穏な日々を送っていた、ある日のこと。

 

「【未曾有の大災害】…?」


 それは王都から発刊された号外の一面を飾っていた。


 大賢者の予言によると、5日後の深夜、突如として大地が裂け、空から隕石が降り注ぎ、街は壊滅的な被害を受けるという。その予言通りならば、間違いなく多くの人の命が失われる。


 ただの預言ならばいい。しかし大賢者の預言となると、軽視するわけにはいかないと2人は思った。


「この様子だと、こっちまで被害が来そうだな」


 アルベルトは号外を見つめながら、悩ましげに唸った。王都から辺境伯領までは、随分と離れている。しかし、被害の規模が分からない今、事前に手を打っておく必要はありそうだ。


「事前に結界を張りましょう。この地だけでも守らないと」

「…いいのか?」

「今はただの聖女もどき。力を使ったところで、誰にも指摘する権利はないわ」


 そういうと共に立ち上がり、エメラルダとアルベルトは屋敷の中庭に出た。


 晴れ渡った青空に、大災害を思わせる影は見当たらない。しかし、2人の顔は険しい。


「……結界を張ったら、すぐに王都に戻らせてもらうわ」

「わざわざ行かなくても、ご両親なら転移魔術で連れて、」


「__リリアーナの結界では耐えきれない」


 エメラルダは空を見上げたまま、断言した。

 彼女が思い出すのは、古代魔術を初めて行使した日に見た結界。時折桃色の稲妻が走っていたそれは、お世辞にも強固とは言えなかった。


「……エメラルダのことを捨てた王子の国だろ。知らないふりをすることだってできる。王都が滅んでも、俺たちは平和に暮らしていける」


 アルベルトは冷たく言い放つ。

 この辺境伯領は、書類上こそ王都の一部として扱われている。だが実際には、王都の運命などここに住む者たちにはほとんど関わりのない話だった。

 なぜなら、アルベルトほどの力を持つ者がいるからだ。未曽有の大災害が襲おうとも、彼ならこの地を完璧に守り抜くことができるだろう。


 行かなくていい。

 知らないふりをすればいい。


 その言葉をしっかりと受け止めた上で、


「でも、……力があるなら救いたいじゃない」


 エメラルダは困ったように笑った。


 過去には『神が愛した華』とまで称された彼女。完璧な淑女であったときは見せなかった素の表情に、アルベルトは言葉を詰まらせた。

  

「きっと王都は大混乱。新たな聖女としてリリアーナは、とんでもない期待を向けられている」

「……エメラルダ。君はあの王子や、新たな聖女のことを恨んでいないのか?」

「恨む…?どうして?」


 エメラルダは、本心から首を傾げた。皆目見当つかないといった様子に、アルベルトは驚きつつも、ふっと笑った。


「ははっ、そうだった。君はそういう人だった」

「…馬鹿にした?」

「いやいや、褒めたんだよ。本当、生粋の聖女だな」


 エメラルダは不満げに唇を尖らすも、程なくして祈るように手を組んだ。


 サァー…と風が流れる。そして、風が止むとエメラルダの身体から温かな光が漏れる。絹糸のような繊細な光と、淡い緑の奇跡の光。それらは何かに導かれるように、折り合った。


「エメラルダ・ヴァインベルクが祈ります。この土地に、正しい加護とあるべき平穏を」


 その言葉に応えるように、一瞬全ての音が消える。唯一聞こえるのは、軽やかなベル。そして気が付くと、辺境伯領には美しい強固な結界が張られていた。


「すごいな…」

「結界が見えるの?」

「うっすらとだが、綺麗な紋が浮かんでいるのが見える」


 予想外の言葉に、エメラルダは驚いた。結界が見える人は相当限られている。聖女の才を持つものか、余程魔術に長けた人か。きっと後者だろうが、それにしても…


 そこまでエメラルダが考えた時、アルベルトは覚悟を決めたように口を開いた。

 

「俺は市民に国を出ないように通知を出しておく。明日の早朝に立とう。そのための準備を済ませておいてくれないか?」

「え、っと…まさか、アルベルトも王都に来るの!?」

「違うのか?俺はてっきり最初から着いていくものかと思っていたんだが」

 

 心外だ、とでも言いたげなアルベルトの表情に、エメラルダは嬉しそうに頬を緩める。

 戦地にもなりかねない場所だというのに、一緒に来てくれるのか。そんなに嬉しいことはない。


「ぜひ、来てほしいわ。準備しておくわね」

「ああ」


 そんな言葉と共に、2人は屋敷に戻って準備を始めた。


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