古代魔術の探狂者
エメラルダが≪祝福の魔女≫という名を得た、2日後。
「では、行ってまいります」
「気を付けるんだよ」
「いつでも帰ってきてちょうだいね」
「ありがとうございます。お父様、お母様」
両親の人々には、気分転換のための静養だと告げ、エメラルダはひっそりと王都を離れることにした。
目的はただ1つ。自分以外の古代魔術の行使者に会うためである。この世に自分以外でたった3人。その内の1人が案外近くに居ると分かった今、会いに行く他なかった。
「≪古代魔術の探狂者≫という異名らしいけれど、本当に研究者なのかしら」
馬車に揺られるエメラルダの胸に、かつてないほどの好奇心が湧き上がった。古代魔術という場において、孤独な探求を続けてきた彼女にとって、同士の存在は希望の光だった。
数週間の旅路を経て、エメラルダは無事に東の辺境伯領にたどり着いた。穏やかな雰囲気のそこは、子どもの笑い声が元気に響いている。
「辺境拍の屋敷に向かってください」
「はい、お嬢様」
エメラルダは御者に指示を出し、ゆっくりと馬車を進めさせた。止まったのは、辺境伯の屋敷の門前。荷物を持って降りた彼女は、御者を見送り、静かに屋敷を見上げた。
(光たちに教えてもらったのは、ここ。とりあえず、辺境伯に挨拶をして、そのまま≪古代魔術の探狂者≫について聞いてみようかしら)
屋敷の扉を叩くと、現れたのは、質素な身なりの執事だった。エメラルダは挨拶を済ませると、辺境伯に会いたいと申し出た。
「おやおや、この辺りでは見ない方ですね」
「失礼しています。私は、エメラルダ・ヴァインベルクと申します。人を探している中でして、辺境伯様にご挨拶とお尋ねをしたく寄らせていただきました」
「そうでしたか。辺境伯様は、仕事で多忙を極めております。挨拶は私からお伝えさせていただきますし、人探しでしたら私がお答えさせていただきます」
執事は、警戒するようにエメラルダを見つめた。その時、執事の後ろから、落ち着いた声が聞こえてきた。
「構わん、トーマス。通して差し上げてくれ」
声の主は、1人の男だった。 エメラルダよりも若干年上であるように感じるものの、確固たる強さと聡明さが見て取れた。灰色の瞳が、スッと細められる。
(この人が、)
エメラルダは再度お辞儀をする。
「改めまして、エメラルダ・ヴァインベルクと申します」
「ご丁寧にありがとうございます。俺は、アルベルド・エルダンジュ。この辺りの治めている辺境伯です」
アルベルトは、エメラルダと握手を交わす。そして、何かを察したのか、奥の応接室へと彼女を招き入れた。そして、両者腰を下ろすと、早速アルベルトは口を開いた。
「王都の聖女様が、わざわざこんな辺境までお越しになるとは。一体、どのようなご用件でしょうか?」
「聖女様だなんてご冗談を。その様子ですと、婚約破棄の件もご存じなのでしょう?」
「ははっ、噂には聞いていましたが、本当にお強い方ですね。淑女としての品格は勿論、実力もセンスもあるなんて驚かされます」
「…噂、ですか」
「古代魔術の新たな使い手__≪祝福の魔女≫が誕生したと一報を受けましたので」
その言葉と共に、アルベルトの周囲に一気に泡が飛ぶ。エメラルダは目を見張るも、アルベルトは薄く笑うだけ。
「まさか、」
「俺のことを探しに来たんでしょう?≪祝福の魔女≫様」
泡からは、何かの楽器のような音が聞こえる。
エメラルダは驚いた。辺境伯なら古代魔術の使い手の居場所について知っていると思ったが、まさかその張本人だったとは。
「遠路はるばる来てくださったんです。立場なんて気にせず、一旦話は全て聞きましょう」
「……本当に?」
「俺に答えられることなら、ですけどね」
「でしたら……私に古代魔術をご教授願えませんか?」
エメラルダの言葉に、アルベルトは驚きを隠せないようだった。しかし、その目は面白いものを見つけたように揺れている。
「ほお。…ちなみにどこで古代魔術を身に付けたんですか?」
「家の古書庫です。昔は各国と貿易をしていた家系でしたので、その中に紛れていたようです」
「偶然それを見つけた、と?本当に?古代魔術の魔術書なんて、最高難易度でしょうに」
「……鋭くないですか」
エメラルダが呟くと、アルベルトは豪快に笑う。何だってこんなに鋭いんだ。変に丸め込まれないし、発言の細部もしっかり掬ってくる、と心の中でエメラルダが呟いていることさえも見透かしてそうだ。
「ま、何でもいいですけどね。古代魔術の習得は、生半可な気持ちではできないでしょう。それなりの覚悟を持って習得したことには間違いありませんから」
「……認めてくださるんですか」
「もちろん。俺だって、最初は興味本位で習得を始めただけです。魔術や魔法の習得なんて、根本は全てそんなものですよ」
辺境伯という立場でありながら、自分の興味の赴くままに生きるアルベルト。そんな姿を、エメラルダは羨ましいと思っていた。
「古代魔術の教授、でしたよね。もしよろしければ、この辺境の地で、共に古代魔術を研究しませんか?」
「えっ?い、いいんですか!?」
「古代魔術の使い手は、この広い世界でたった4人。その内の2人はここに集まったのなら、研究するしかないでしょう」
≪古代魔術の探狂者≫___その名を彼が与えられた理由がよく分かった。
エメラルダも学ぶことは嫌いではない。むしろ、共に同じ題材について掘り下げることができるなんて、わくわくするに決まっている。
彼女は、この男こそが、自分の探求を理解し、共に歩んでくれる存在だと直感した。
「ええ、喜んで!」
彼女は、子どもの様な笑顔を浮かべた。その微笑みは、かつての完璧な淑女のそれとは違い、心からの安堵と、新たな道を見つけた喜びに満ちていた。
こうして、エメラルダは辺境の地で、アルベルトと共に古代魔術の探求を始めるのだった。




