祝福の魔女
それから数ヶ月が経った。
エメラルダは『古代魔術の系譜』に記された知識を、驚くべき速さで習得していった。
聖女の血がもたらす魔力は、古代魔術の膨大なエネルギーを扱う上での強力な基盤となっていた。彼女はもはや聖女だった頃の清らかな力だけではなく、大地の力、風の力、炎の力を自在に操る強大な力を我が物にしていた。
何かの願望を叶えるためではなく、ただただ知識欲を満たすため。
聖女である自分の力を、最大限に引き出して、応用して、活用する。その限界を知ることだけが、今のエメラルダを動かしていた。
そんなある夜、彼女は散歩の一環で森へと足を運んでいた。
屋敷を抜け出しての散歩のため、護衛はいない。エメラルダは1人、森の中を迷いなく進み、ある地点で足を止めた。
「うーん。やっぱり、王都から張られている結界が弱まっているわね」
見上げた先には、薄い壁が張られていた。しかし、その壁には、時折桃色の稲妻が走っている。それを見て、エメラルダは呆れたようにため息を吐いた。
数日前、王太子とリリアーナがいきなり結婚を発表した。婚約を結んだという発表ではない。結婚の発表だ。
加えて新聞には、新聖女としてリリアーナが就任したことが書かれていたが、どうやら彼女の聖女としての力はそこまで強くないらしい。明らかに結界が弱いし、見るからに崩壊寸前だ。そもそも聖女の力は、適性があるだけで崇められるような力である。きっと、力の強弱まで見ていなかったのだろう。
その弊害が、すでに結界に出始めていた。きっとまだ誰も気づいていないのだろう。気づくのは、きっとこの国に直接的な危険が及んだ時だ。
エメラルダはローブを身にまとい、深くフードを被る。そして、天に向かって右手を伸ばした。
「我が名は、エメラルダ・ヴァインベルク。ただいまより、古代魔術の行使を宣言する」
その言葉に応じるように、光の塊がふよふよと舞い始める。そして次第に、鈴を転がすような笑い声が森に響き始めた。
『魔女様よ』
『古代魔術の行使者様ね』
『美しい魔力ね』
『この土地では何百年振りかしら』
クルクルとじゃれるように集まってくる光。それを見つめながら、エメラルダは言葉を紡いだ。
「初めまして、皆さん。少々お願いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
『もちろんよ』
『久しぶりのお呼ばれだもの~』
光が笑いながらも返事をしてくれるのを、エメラルダは静かに見つめる。
「この世にいるであろう、私以外の古代魔術の使い手について教えていただきたいの。どの辺りにいらっしゃるのか、教えていただけないかしら」
『あらあら、古代魔術の使い手はこの世に3人のみなのよ~』
『あなたは4人目よ』
『ここから1番近い行使者は、ここからずーっと東に行った辺境伯領にいるわよ』
「分かりました。ありがとうございます」
『もういいのかしら?』
『まだまだいいのよ~』
「そろそろ戻らないと、お父様とお母様が心配されてしまうので。またお願いしたいときは、勝手ながら呼ばせていただきます」
『うふふ、は~い』
『待ってるわね。新しい行使者様』
綺麗な笑い声は、段々と消えて行った。 それと同時に、私が初めて大々的な古代魔術を行使したからか、光たちは祝福を与えてくれた。
木々は喜び、風が踊り、月光はその輝きを増す。
『お祝いしますよ。≪祝福の魔女≫さま』
風にフードを持っていかれる。靡く髪を押さえながら、軽く目を細めた。
「こんなにも愛らしい二つ名をいただけるなんて。この世も捨てたものじゃないですね」
光が笑う声は、どこまでも私のことを歓迎していた。




