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古代魔術

 王都の喧騒から隔絶されたヴァインベルク侯爵邸の一室で、エメラルダは静かに日々を過ごしていた。


 人々は彼女が婚約破棄された失意のあまり、部屋に引きこもっているのだと噂した。侯爵夫妻は、そんな娘を心配し、何度か部屋を訪れたが、エメラルダはただ静かに笑みを浮かべるだけだった。


「お父様、お母様。ご心配なく。私は元気ですわ。ただ少し、静かに考える時間が欲しかっただけです」


 エメラルダは、そう言って両親を安心させた。彼らは、完璧な淑女であった娘が、初めて見せたほんのわずかな感情の揺れを悲しみだと解釈した。そして、それが娘にとって必要な時間なのだと信じ、そっとしておいてくれた。


 だが、エメラルダの心に悲しみはなかった。


 彼女は婚約という足枷から解放されたことを、密かに喜んでいた。


 王太子の婚約者として、聖女として、彼女は常に完璧であることを求められてきた。その重圧から解放された今、彼女は初めて、自分自身の興味と向き合う自由を手に入れたのだ。


 エメラルダは、幼い頃から聖女の血を引く者として、それなりの教育を受けてきた。しかし、彼女の心は常に、その教義の範囲を超えた、未知の魔術に惹かれていた。


(神は、なぜこれほどの力を人間に与えたのかしら)


 聖女の力は人々を癒し、祝福を与えるためのものだと教えられてきた。しかし、エメラルダは、その力にはもっと別の側面があるのではないかと考えていた。力は、ただ人を助けるためだけに存在するのではない。使い方次第で、いかようにも変化する。


「きっと何かしらの意味はあるはず。聖女の力は、それだけの枠に留まっていいものではないもの」


 考えあぐねたエメラルダは侯爵家に代々伝わる、誰にも開かれることのなかった古い書庫へと足を運んでみることにした。そこには、膨大な文献が眠っているはずだ。それらを読めば、何かが分かるかもしれない。


 幸いにも、傷心していると勘違いされているエメラルダを止めるような人は誰もいない。むしろ、考え込んで真顔を極めている彼女に、使用人までもが心配そうな視線を向けるばかりだ。

 

 書庫の扉を開けると、ほこりと古書の匂いが鼻をくすぐる。エメラルダは、埃にまみれた文献を1つ1つ手に取り、貪るように読み漁った。そして数日後、彼女はついに目的の文献を見つけ出した。


 それは、まるで呪文が書かれているかのように、難解な記号と文字で綴られた古い書物だった。その表紙には、古びた紙に書かれた文字が記されていた。


 

『古代魔術の解術書』


 

 その書物には原始的でありながらも、強大な魔術の存在が記されていた。それは、自然界のあらゆるエネルギーを操り、森羅万象を支配する力。しかし同時に、その力はあまりにも強大すぎるため、使いこなすことができなければ、使用者自身を滅ぼす危険をはらんでいた。


「これこそ、私の探していたものだわ」


 エメラルダの瞳に、静かな光が宿った。彼女は、この古代魔術を習得することで、聖女の力に縛られることなく、自分自身の力で道を切り開くことができると確信した。


 それは、婚約者だった王太子を見返すためではない。誰かに認められるためでもない。


 ___ただ、自分自身が持つ力を、最大限に引き出すために。


「私に可愛げなど必要ないわ。強くて美しい華でもいいじゃない」


 エメラルダは書庫の中で、静かに、そして力強くそう呟いた。




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