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古代魔術に手を伸ばした経緯

 客室のテーブルには、温かな茶と簡単な菓子が用意されていた。霧に包まれた屋敷の静けさの中、4人はテーブルを囲むように席につく。しばらくの間は、互いの旅路の話やネブラークの近況など、穏やかな会話が続いた。

 やはり魔術師というべきか。知らない土地の話、見たことのない魔術、奇妙な出来事。そんな話題が出るたびに、誰かが身を乗り出し、誰かが質問を重ねる。気がつけば、4人はすっかり会話に夢中になっていた。


「それにしても、こうして行使者が4人揃うとはな」


 腕を組み、アルベルトは楽しそうに笑った。

 世界にたった4人しかいない古代魔術の行使者。彼にとっては、数少ない同士だ。こうして顔を合わせている今この瞬間がどこか不思議で、少しだけ嬉しく思えた。


「せっかくだ。聞いてみたい。2人はどういう経緯で古代魔術を会得したんだ?」


 その言葉に、エメラルダも頷いた。


「もちろん、話しにくい内容でしたら無理をなさらないでください。わざわざ古代魔術に触れるというには、良い理由も悪い理由もあるでしょうから」


 そう言いつつも、視線は自然とカシムとナディアへ向かう。すると、カシムは困ったようにナディアに視線を向けた。どうやら話すかどうかをナディアに委ねているらしい。しばらくの間の後、彼女は小さく頷いた。


「…好きに話せばいいじゃない」


 その言葉に、カシムは酷く驚いた。


「え、いいのかい…?」

「私は構わないわよ。口外するような2人には見えないし」


「あの、辛い話でしたら無理をせずとも…」

「いやいや、ナディアが良いって言うなら構わないよ」


 そして静かに語り始める。


「僕たちは幼馴染でね。昔からの婚約者だったんだ」


 エメラルダが少し驚いたように瞬きをする。カシムは穏やかな表情のまま続けた。


「数年前、この国で大規模な魔力暴走事故が起きた」


 部屋の空気がわずかに重くなる。

 そういえば、新聞で読んだ覚えがある。遠く離れたネブラークで起きたという事故のことを。本来ならば、詳しく伝わってくるはずのない遠方の出来事だ。それでも記事になっていたということは、それだけ大きな事故だったのだろう。


「街1つが消し飛ぶほどの惨劇だったよ」


 ナディアの表情が少しだけ硬くなる。カシムの声は相変わらず静かだった。


「その時、ナディアは僕を庇った」


 言葉のあと、わずかな沈黙が落ちる。カシムが長く息を吐き、そして再び口を開いた。


「瀕死の重傷だった。魔力の塊を一身に受けたナディアは、そのまま動かなくなったんだ。助けを求めた医者も神官も、みんな同じことを言ったよ」


 その後の言葉が分かってしまう。


「……『諦めろ』ってね」


 カシムの手が、ナディアの手を握る。歪められたナディアの表情は、固いまま。


「でも、僕にはそんな選択肢はなかった。ナディアのいない世界を、生きる意味なんてない」


 ナディアが小さく眉をひそめる。


「偶然にも、僕たちは城の近くにいた。だから、崩落する城の書庫に飛び込んで1冊の本を持ち出したんだ。それが『古代魔術の解術書』。伝説として聞いていたものだったけれど、ナディアを救うにはそれしかないと思ったんだ」


 カシムの瞳がわずかに暗く揺れる。ほんの少し言い淀んでから、意を決して言葉を続けた。


ことわりの向こう側__万物の創造へ。生命の蘇生には、これしかなかった」


 アルベルトの目が、わずかに細くなった。

 それは、生命の蘇生に限りなく近い術の行使。まだ世に知られていないだけで、もし周知されれば間違いなく“禁忌”と呼ばれるだろう。


 だが__古代魔術とは、もともとそういうものだ。


 理解することすら困難なほど難解な術式。だがその代わりに、常識では到底届かない領域にまで手を伸ばすことができる。例えそれが、生命を呼び戻す奇跡であったとしても。


「彼女を生かすためだけに、世界の法則を書き換える力を求めた」


 静かに、そしてはっきりと言った。


「それが、僕の古代魔術の始まりだよ」


 部屋の中がしばらく静まり返る。最初に口を開いたのは、厳しい顔をしたナディアだった。


「……ほんと、馬鹿よね」


 ぶっきらぼうな声だった。


「世界の法則を書き換えるとか、普通考える?」


 カシムは笑った。


「ナディアを失うくらいなら、世界の方を変えたほうが早いと思ったんだ」

「そういうところよ」


 ナディアは顔を背ける。だがその耳がほんのり赤い。


「……私は、カシムを1人にはできなかった。だから、意地で古代魔術を習得したの。私のために異端を歩んでくれるのなら、共にするのが筋でしょう?」


 小さく呟く。それでも、カシムは愛おしそうに笑った。


「そういうところ、大好き」

「……ばか」


 ナディアは少しだけ視線を落とした。カシムはナディアの頭を撫でながら、明るい声色に戻った。


「その後、僕たちは正式に結婚したんだ! どうせあのままだと話を聞かれるからね。早々にこの屋敷に引き籠ったってわけ。結界もあるから、普通なら見つからないんだよ!」


 その様子を見て、アルベルトが吹き出す。


「なるほどな。面白い夫婦だ」


 エメラルダもくすりと笑った。


「とても素敵なお話です。辛い過去だったかもしれませんが、私はお聞きすることができて良かったです」


 ナディアは少しだけ視線を逸らす。


「変に思わないのね」

「? はい。そんなこと言ったら、私だって婚約破棄された元聖女ですし、アルベルトは……」

「現国王と愛人の間に生まれた辺境伯だ」


 その一言に、2人はそろって目を丸くした。


「え、元聖女って……あの!? 未曾有の大災害から国を守ったっていう……」

「その話、こっちまで届いていたんですか? 恥ずかしいですね~」

「いや、照れるところじゃなくてね?」


 そんなやり取りの最中、ナディアは猫のように大きく目を見開き、じっとアルベルトを見つめていた。アルベルトもまた、静かにその視線を受け止める。


「……王族、なのですか?」

「血筋はな」

「…………」

「でも王族としての自分は嫌いだ。だから、普通に接してくれ」


 その言葉に、ナディアは小さく頷いた。


 それぞれが思い思いに話を広げていたが、ふとカシムが2人へ視線を向ける。


「ところで、君たち、宿は決めてるの?」


 アルベルトはわずかに首を傾げた。馬車に揺られること数週間。ようやくネブラークへ辿り着き、この屋敷へ直行したばかりだ。宿の手配など、当然していない。


「いや、まだだ」


 その返答に、カシムはぱっと顔を明るくした。


「それならさ、よかったらしばらくここに泊まっていきなよ!」


 両手を軽く広げる仕草は、どこか人懐っこい大型犬のようだ。


「ね、ナディア! いいよね?」


 ナディアもすぐに頷く。


 霧の屋敷での滞在は、どうやら長くなりそうだった。



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