098 / よき友と、よき自転車と
「最近、どうよ」
そんな様子伺いの電話が旧友の孝からかかってきたのは、三月下旬のことだった。
孝とは大学の同期で、同じ山岳部に所属していた。
当時は二人ともお金のない中で互いの部屋を行き来し、よく朝まで語り明かしたものだった。
社会人になり、まったく別の業界に身を置くことになった俺たちは、新入社員の忙しさから自然と連絡し合う頻度が減り、今の年に至る。
「どうした、久しぶりだなあ。結婚報告とかか?」
「ばか、そんなんじゃねーよ。いや、実はさ、今度ロードレースの大会に出ることになってさ」
「ロードレース?」
俺はその単語を頭の中の辞書で調べ始めた。
「自転車競技だよ。舗装された道を自転車で走るやつ」
孝の説明で、脳内にイメージが湧く。
「ああ、あれな!すごいじゃん。てことは、専用の自転車とか持ってるってことだよな。ああいうのって値段すごいんだろ?」
「ああ、自転車に支払った金額は考えたくもないよ」
俺の不躾な質問にも、孝は丁寧に感想を述べてくれた。
「それでさ、お前、自転車欲しくないかなーと思って」
突然の申し出である。
「型落ちのミニベロとBMXが倉庫で眠っててさ。俺は仕事変わって車移動になってから、もう使ってないんだ。いる?」
俺は目の前に開いていたパソコンで、とりあえず「ミニベロ」を調べてみた。
なんということはない、近くのスーパーなどの駐車場でよく見る、タイヤの小さいおしゃれな自転車である。
「このミニベロっていうのは、普段からおしゃれに気を遣っている人じゃないとに合わないんじゃないか?」
俺は思ったことを述べた。
「まぁそうだね。くたくたのTシャツにジーンズ履いてるおっさんには正直似合わない」
「だよなぁ」
想像して、俺は苦笑いをする。
「もういっこの、BMXだっけ、こっちの方は、男に受けそうだな」
「そうそう。実際人気あるよ。いる?」
孝は相当、手元の自転車を売りたいようだ。
「そうだな、最近運動不足だし、昼はあたかくなってきたし、BMXの方をもらうよ。いくら?」
こうして、今、俺が愛用しているBMXは我が家に来た。
孝は今もロードレースに熱をあげており、大会に出る度に連絡をくれる。
俺はと言えば、毎日の通勤にBMXを使うようになったこともあり、体重が大幅に減り、三十を過ぎて新しい彼女もできた。
持つべきものは、良い友と、良い自転車なのかもしれない。




