095 / 静かなる異人
日本で外国語教師を勤め上げて、もう何年も経つ。
目指すところは小泉八雲だったけれど、私は結婚もせず、歴史に残るような業績もなく、一体どれだけ近づけたのかは不明だ。
学生時代の母国の友人は、私が日本に移住したての頃、物珍しがって頻繁に連絡をよこしたものだけれど、互いにライフステージが異なる中で、今や連絡をくれるのは一人、二人と数える程度だ。
私はおそらく、このまま何もなければ、この地で人生を終える。
「日本人」となった今、それは当然のことのように思えるのだけれど、葬儀社やお墓屋さんのパンフレットを眺めながら私が思うのは、やはりこの国のあいまいさだ。
私は若い頃関東に住んでいたが、関東の人々は違った。
何事もあいまいさを許さず、定規で計ったように正確で、人々は折り目正しく寡黙で勤勉、電車は1分間隔で運行していた。
しかし、一旦関東を離れればどうだろうか。
そこには理屈より人情を優先する情緒豊かな世界が広がっており、人々はおおらかで、よく笑い、何事もなぁなぁで済ませる文化が広がっていたのだ。
地方に移住して、はじめは戸惑った私であったが、すぐに母国に似たその風土に親しみを覚え、改めてこの国が持つ奥深さに感じ入ったのだった。
帰化というのは大きな決断だった。
しかし私の中で、外国人と見るや嫌悪感を抱く日本人の多さにショックを受けたこともあり、自分はそれでも日本に染まりたいのだという意志を表明すべく、決断に至ったのだった。
勿論、日本人と同じ行政サービスを受けられるようになるといった実利も無視はできなかったが。
教師を引退して、もう10年以上経つが、白髪の外国人が珍しいのか、いまだにすれ違いざまに振り返ってゆく人々は多い。
しかしこちらも慣れたもので、今や何も感じなくなり、まだまだ見た目が珍しいのだろうな程度にかまえている。
現在、一人暮らしをしているが、ネット環境が充実しているおかげで、その気になれば母国語のサイトを見たり本を読んだりも普通に出来るし、たまにかつての教え子が遊びに来たりもする。
しかし私が最近はまっているのは、日本語の小説を読むという遊びである。
一般的に、母国語以外の言語で小説を読んでも、詳細なニュアンスをつかむのは難しいなどと言われるが、既に日本人となり、日本文化に染まって長い私には軽いジャブである。
いつか、生きている間に、私も日本語の小説を書いてみたいと思っている。




