093 / 顔にメス
いくら顔にメスを入れたところで、痛くも痒くも、ない――。
淳との離婚が成立したのは、春の訪れが全国各地で報じられ始めた3月下旬のことだった。
離婚の原因は、よくある「すれ違い」だった。
二人とも仕事が忙しく、徐々に会話が減っていき、同じ屋根の下にまったくの他人が一緒に寝起きしているような感覚に陥ったのだ。
幸い子供はおらず、禍根を残すことのない、淡々とした話し合いの末の離婚ではあったが、それでも一年に及ぶ家庭内別居のストレスは、私にそれなりの傷跡を残す結果となった。
朝、洗面所で、鏡を、見る。
昼間、職場のトイレで、鏡を、見る。
夜、風呂からあがり、鏡を、見る。
単純に、老けたな、と思う。
三十代後半ともなると当然かもしれないが、二十代の頃と比べると顔の皮が一枚も二枚も厚くなったように感じられるし、何により化粧のノリがすこぶる悪い。
眉間や目じり、口周りや首元に、なんだかたるみと小さなしわが目立つようになってきた。
顔色は全体的にくすんでいるし、よく見ると、毛穴だって開いている。
鏡を見ると、そこに映るのは二十代のみずみずしい女ではなく、三十代のくたびれたおばさんなのである。
毎日、否応なくつきつけられる現実を今日も呑み込んで、せめて着るものだけは小奇麗にしようと、デパートで買った衣類一式で身をかためて外に出る。
それでもどうしようもない夜が、くる。
自分の上を流れる時間を強引に止めて、止めて、止めて、時間の息の根を止めてしまいたいほどの夜が、くる。
そうして、私は美容整形の予約を入れる。
おかげで鼻すじはよく通り、目も大きくなり、鼻の下の空間も縮んで小顔にもなった。
淳は、変わってゆく私をみて、「俺のためならやめてな」と言っていたけれど、残念ながら私のおしゃれも、整形も、一度たりとも淳のためにしたことはなかった。
ただ私は、いつまでも美しくありたいのだ。
それは「できるだけ若さを保ちたい」という意味で、オバサン用の雑誌に載っているような「年相応の美しさを保つ」という敗北宣言とは異なる。
なにが「年相応」だ。馬鹿にするなと言いたい。
私は今後も、おしゃれも美容整形も続ける。
何歳になっても、周囲の女たちの誰一人として私の若々しさに勝てないほどの顔をつくりあげてみせる。
淳の理解は得られなかったが、そうしているうちに理解ある男にも出会うだろう。
そんな希望的観測を胸に、私は今日も顔にメスを入れる。




