092 / 歎異抄と情報
妻と二人で本屋にやってきた。
数分、いろんな本棚をぶらぶらはしごした後、俺は『歎異抄』を手に取った。
「やだジジ臭い!」
とすかさず妻が辛辣な感想を述べる。
「ジジ臭いって言われたって、だって俺、高齢者だもん」
俺はかまわずページをめくる。
「私だってそうよ」
と言う妻を尻目に。
立ち読みを続ける俺に向かい、
「宗教にかぶれるなんて、やめてよね」
と妻がぽつりと言った。
「危ないのは新興宗教の一部で、昔からある宗教はむしろ精神安定剤としてよく効くんだよ。特に年をとって色々考えてしまうお年頃の俺なんかには」
と俺は弁解する。
「いやよ私は。あっちの美容コーナー見てくるから」
そう言うと妻は本棚の向こうへ消えてしまった。
15分ほど過ぎた。
俺は立ち読みに飽きて本を閉じ、妻を探しに美容コーナーに行ってみた。
いない。
俺は他の棚をいくつか探し回り、とうとう高校の学習参考書コーナーにいる妻を発見した。
「どうしたの。こんなところで何してんの」
と俺が問うと、
「私が若いころよりだいぶ内容も進歩してるから、ちょっと読んでみたくなって」
と妻が言う。
「確かに。俺らの若いころは『情報』なんて科目、無かったもんなぁ」
俺はしみじみとした感じでつぶやいた。
すると妻は、
「ねぇ、この一番簡単そうな『情報』の参考書を買って、二人で問題解いてみない?脳トレにもなるんじゃないかしら」
と、一冊の文字が大きくてカラフルな参考書を棚から取り出し目の前に広げた。
「そりゃあいい。年をとっても新しいことを覚えるのが脳にもいいって言うしな」
俺は好奇心いっぱいでその参考書を見つめた。
「でも、元エンジニアのあなたにとっては簡単すぎるんじゃないかしら」
と妻が俺の顔を見て笑う。
「いやいや、基礎が大事だというし、この際しっかり頭に入れておきたいよ」
「じゃあ、決定ね」
俺たちは書籍1冊と、参考書を2冊たずさえて本屋を出た。
今日は風があたたかい。
「今年は桜の開花が早いのだそうよ」
妻が空を見上げてつぶやいた。
「お花見が楽しみだ」
俺も一緒に大空を仰いだ。
「私は団子派」
「はい」
なにかにつけ自分たちの行く末を考えてしまう年頃だけれど、今日買った『歎異抄』と『情報』の参考書は、そんな俺たちにとってどんな世界を垣間見せてくれるのだろうか。
自分の老いを嫌というほど味わうこの現実世界の中で、それでも俺たちは生きてゆく。
暦という、大きな大きな時間の流れに抱かれながら。




