090 / はたらくくるま
小学校の頃、本屋の隅で売られていた「はたらくくるま」シリーズを買ってもらったことがきっかけで、僕はおもちゃが好きになった。
それが、オタクとしての僕の一番はじめの記憶だ。
中学校にあがり、僕の関心は、もっぱら手を動かすことに向かってゆく。
そう、プラモデルだ。
プラモデルの値段は安いもので1000円弱、高いものは天井知らずだ。
学生でお金の無かった僕は、月々5000円のお小遣いを大切に使いながらプラモデルを制作した。
そんな僕も大学生となった。
僕はふらふらと導かれるように、特撮サークルの門をくぐった。
そう、プラモを一旦卒業した僕は、もっと大きな箱でリアルなものを制作できるフィールドへと軸足を移したのだった。
この大学での4年間で、僕は特撮の基礎から映画作りのいろはまで、様々なことを学んだ。
社会人になり、僕はあるおもちゃメーカーに就職した。
お金に余裕ができた僕は、プラモデルの趣味を再開する。
しかし、だんだんと、それだけでは飽き足らず、とうとう僕は、プラモデルで制作するコマ撮り映画に挑戦することになる。
最初は新しいことを始めるということで、何かにつけネットで検索しながらだったので、遅々として進まなかった。
それが一年が過ぎ、二年が過ぎる頃には、自分なりの工夫を随所に仕込むことを覚え、いつしか続けること自体が幸福であるかのように感じられていった。
三年が過ぎた頃、とりあえず一本の60分コマ撮り映画が完成した。
登場するのはすべて僕お手製のプラモデルたちで、彼らが動く背景は、大学時代に特撮サークルで培った技術を用いて制作したものだ。
映画のストーリーや構成も自分で考えて、ネットで集めた効果音やエフェクトをプラモデルの動きに合わせ合成したりもした。
結論から言うと、この作品は、あまり評判が良くなかった。
あるコメントによると、「全然面白くない」のだそうだ。
僕は落ち込んだ。
けれど諦めなかった。
僕はこの趣味が心底好きだった。
僕は更に数年かけて2作目、また数年かけて3作目を公開した。
そんな僕の作品が、日本アカデミー賞を受賞するのは、それから10年後のことである。
受賞式当日、僕は実家に寄って、小学校の頃に買ってもらった「はたらくくるま」シリーズのうちの一台をポケットに入れて、ステージに立った。
スピーチのあいだ緊張しなかったのは、その一台が見守っていてくれたからだと、僕は信じている。




