089 / 上を向いて歩こう
歌の先生が、静かにタクトを振り上げる。
3月11日。
今年も「あの日」がやってきた。
「あの日」、「あの時」――。
私はちょうど、都内の職場で働いていた。
そして、14時46分18秒。
オフィスの入っている建物が、ぐらぐらと揺れた。
震度は4ぐらいだったろうか。
元々、地震の多い東京だけど、その中でも比較的大きな部類に入ると思った。
とりあえずの避難後、どうやら東北の方が震源らしいという一報を目にして、最初は「へー」といった感想を持った。
しかし一時間後には、テレビで津波の恐ろしさを目の当たりにすることになる。
東北の方では大変だったけれど、この年、個人的にもっと大変だったのが、自分自身の離婚だった。
子どももいない私たちは、中年となり、もうお互い徹底的に合わないことが分かっていたので、何度かの話し合いを設けて別れることにしたのだった。
あれから、15年――。
私は高齢者と呼ばれる年齢となり、仕事もやめ、今は90を超える両親の世話をして暮らしている。
いわゆる、「老老介護」というやつだ。
大変なこともあるけれど、世話になった両親の最後をこの目で見届けるのだ、両親は最後まで私が世話をする、その一心で毎日を過ごしている。
しかし、心配なのは自分の老後である。
私には子供もいないし、ひとりで暮らしていくには貯金も心もとない。
将来的に必ず生活保護の世話を受けることになるのだが、それもなんだか心苦しい。
そして、いよいよ一人で動けなくなった時のことを考えると、一体どうやって生きていけばいいのか、何に頼って生きていけばいいのかと、今から途方に暮れている。
しかし、そんな時、東日本大震災で被災した人のことを思う。
「自分より下を見て安心する」という下品な思考ではなく、単純に、「自分よりもっと大変な人が沢山いるのだから、弱音なんて吐いてられない、頑張らないと。あの人たちの苦労に比べれば私なんか」と思うのだ。
仕事をやめて、私は週に一度の合唱サークルに通い始めた。
介護ばかりでは気が滅入るので、気晴らしにと思ったが、飽き性の私にしては、今のところ休みなしで続いている。
今日は一日、「あの日」のことや、離婚について思いを巡らせていた。
あんな悲惨なことはめったにないだろうけれど、願はくは、皆が死ぬまで穏やかに、幸せに暮らせますように。
「上を向いて歩こう」




