088 / 季節のお膳
「乾杯!」
掘りごたつのある個室で向い合せに座り、俺と匠は今夜、ささやかな送別会を開いている。
工務店に務めている匠が、今度九州へ転勤になるのだ。
お通しに箸をつけながら、とりあえず、互いの近況を報告し合う。
「お前ともつきあい長いよな」
俺はぽつりと、そんなことをつぶやいた。
月に一度は会っていた匠に会えなくなるのが、よほど寂しいらしい。
いつもよりだいぶ感傷的になっている。
「ほんと、それな」
俺と匠は中学から大学まで同じ一貫校で、仲がいいのは当然と言えば当然なのだが、匠とはそれに加えて小学校まで一緒なのだ。
親兄弟よりも長い時間を一緒にすごした気がしており、これからめったに会えなくなってしまうということがいまだに信じられないでいる。
男二人、まるで初めて見合いをする相手同士のように、なんだかもじもじしていると、部屋の外から声がかかって、頼んでいた季節のお膳が運ばれてきた。
お膳の内容は、豆ごはんと菜花の和え物、桜エビのサラダに、サワラの塩焼きである。
「うわー、うまそう」
「やっぱ旬のものはいいなぁ」
おいしいものに目がない俺たちは、とりあえずお膳の写真を撮るべく、ふたりしてスマホをかざしだす。
「では、いただきますか」
「はいよ」
俺と匠は、幼い頃から何かを一緒にすることが多かった。
小学校の頃は同じサッカー部に入ったし、中学に上がってからは新聞部、高校では生徒会に入り学校運営に精を出し、大学では映画同好会に参加した。
そして、社会人になってからは、だいたい月に一回会って、うまいと噂の店を訪れ二人でレポートを作り、それを共同運営しているブログにアップするという趣味を共有していた。
「九州、行っても元気でな」
お膳を空にしたところで、酒をちびちびやりながら、俺はぽつりと言った。
「食べ物はうまい、女は美人だというし、新生活には期待しかないね」
と、独身の匠は心底晴れ晴れした表情である。
「九州に行っても、ブログ、続けてくれよな」
「もちろん」
「年に一回くらいは会おうぜ」
「そうだな」
「てか俺たち、遠距離がはじまる恋人同士の会話じゃね?」
「だな」
匠は九州へ移って一年してから美人の女性と結婚する。
俺たちのブログは細々と続き、結局定年を超えても更新されてゆくのだが、それもまだまだ先の話。
この夜は、色気のない話で盛り上がる男二人の送別会が、しっぽりと深夜まで続いてゆくのであった。




