086 / けしからんプランター
妻が、病で亡くなった。
男は、妻の枕元で、おいおいと泣いた。
泣きながら、なぜ先に逝ってしまったんだと恨めしい気持ちが去来するのを感じた。
俺が先に逝きたかった、と強く、強く思った。
男はひとりになった。
泣きはらした目をして、妻の置いていった荷物の整理をして病院から帰ってくると、すぐにベッドに横になった。
ひどく、ひどく、疲れていた。
男は夢も見ずに、こんこんと眠った。
起きると深夜だった。
3月上旬になり、暦は知らぬ間に春になっている。
しかし今日はひどく底冷えがする。
男はストーブをつけた。
あたたまっているうちに、ひどく寂しくなり、ぽろぽろ、ぽろぽろと泣いた。
「なんで逝ってしまったんだよう。よーう」
と、こぼれ落ちる涙をぬぐおうともせず、気のすむまで泣こうと泣いた。
気がつくと、朝になっていた。
男はよろよろとカーテンを開けて、庭に出た。
すると、白いプランターが目に入った。
赤茶色の土をよく見ると、新芽が出ていた。
なんだか、妙に苛立たしく感じられた。
みんな、俺のことなどおかまいなしに、どんどん進んでゆく――。
また、目に涙が浮かんできた。
男は部屋の中に戻り、とりえあえず朝食を食べようと食器棚を開いた。
すると、白いものが食器の間に立てかけられていた。
なんだろう。
男はそれを手に取った。
白い、封書であった。
開いてみると、なんとそれは、生前、妻が書き記した遺書であった。
男は一文字、一文字を愛おしそうに読み進めた。
内容は、ちゃんと食べて、人と話して、一日一回は外に出て、しっかり歩いて、最後まできちんと生きてからこちらへ来てください。というようなことだった。
最後の方に、庭のプランターの植物は、あなたが育ててください。色々種を植えておきましたので。楽しみにしてください。来年、再来年は、あなたが種を撒いてください。新芽が出て、花が咲いたり実がなったりしたら、その写真を位牌の前にそなえてください。約束ですよ。と、書いてある。
なんだ、俺が一人じゃだめだという前提の遺書じゃないか。
ぽろぽろ涙がこぼれて来た。
こぼれた涙が遺書に落ちて染みを作った。
けしからん、まことにけしからん。
叱ろうと思って顔をあげたが、そこに妻の姿はない。
代わりに、開け放ったガラス戸のむこうに、朝日をさんさんと浴びるプランターの姿があった。




