082 / 二人のガッツポーズ
「葵、話がある」
俺は緊張した調子で、娘に声をかけた。
「なあに、お父さん」
葵は無垢な瞳を向ける。
これから始まる怒涛の生活のことなど、知りもしない。
「お父さん、再婚するんだ」
言った。
俺は唾をごくりと呑み込んだ。
「ふうん、あの、しょっちゅう家に来るチヒロさんて人?」
「そうだ」
しばらく間を置いて、俺は続ける。
「父さんも、いつまでも一人というわけにはいかない。お前にだって、お母さんが必要なんだ。わかるだろう?」
果たして、十歳の葵にこの話がどこまで理解できるだろうか。
しかし葵は、
「分かるよ。いいよ、再婚しても。チヒロさんがお母さんになるんだね」
と受け入れてくれた。
おし!
俺は心の中でガッツポーズをして、「第一関門クリア!」と叫んだ。
俺は次の日曜日、第二段階に進む。
「葵、これから会わせたい人がいるんだ。千尋さんなんだけど、いいかな」
またしても、俺は唾を呑み込んで葵をじっと見つめた。
「いいよ、暇だし。会ってあげる」
葵はすんなりとオーケーを出してくれた。
おし!
俺は再び心の中でガッツポーズをした。
1時間後、千尋が俺たちの家にやってきた。
「葵、こちら千尋さん」
「千尋、こっちが葵だ」
俺はまたしても、唾をごくりとのみこんだ。
葵の丸い目が、千尋をとらえる。
千尋の優し気な目が、葵をとらえる。
次の瞬間、
「うせろばばあ」
と、葵のかわいらしい唇からそんな言葉がもれた。
俺は全身の血の気が引いていくように感じられた。
おそるおそる、千尋の顔を見る。
すると千尋は、
「あっはっは!元気なガキんちょやないの!気に入ったわ!」
と高らかに言い放った。
葵は千尋の反応にびっくりしているのか、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
「いやー今思い出しても、あの時の葵の顔ったら、ないわ」
千尋がリビングでコーヒーを飲みながら言う。
「お母さん、怖かったよね、ふつーに。あれはないよ」
と、葵が言う。
あれから二十年が経った。
幸い、初顔合わせ以来、二人の距離はぐっと縮まり、逆に家庭内では俺の居場所が狭くなったりした。
「そういえばお父さん、今度、会って欲しい人がいるの」
と、葵が言う。
俺は嫌な予感がした。
千尋の顔をみると、にやにやとにやついているではないか。
俺は大きなため息をついた。
「いいよ、会ってあげる。彼氏なんだろう」
「うん、そう。ありがとうお父さん!」
きっと今、葵は心の中でガッツポーズをしているに違いない。




