075 / 氷上の家族
「美香、明後日からお父さんいないから。よろしく」
お風呂上りに髪の毛をドライヤーで乾かしていると、母が背後からそう言った。
「えっ」
あまりにも唐突で、さりげない言い方だったので、危うく聞き逃してしまうところだった。
「何それ。どういうこと?」
何かの冗談なのだろうと、半分笑ってそう言い返すと、母は、「お母さんたちね、離婚したの」とみじかく告げた。
は?
まず私の身を襲ってきたのは、強烈な混乱だった。
何それ。
意味わかんない。
これからの生活はどうなるの?
具体的なことは何がどうなるの?
そもそも、なんで家族のことなのに、私に相談もなしに決めちゃったの?
その日は、そんな考えがぐるぐると頭の中で巡っていたように思う。
数日後、父は本当に出ていった。
父は、「じゃあな」と言って、あとは何も言わずに出ていった。
え、ちょっと待ってよ。
は?
他に何もないわけ?
何この茶番劇。
笑っちゃうんですけど。
離婚って言うのに、たったそれだけでこれまでの生活を終わらせるつもり?
私を襲ったのは、猛烈な怒りだった。
ふざけるな――!
強烈な混乱と、激しい怒りとを抱えたまま、一週間が過ぎ、一か月が過ぎた。
私の言動は乱暴になり、母とはよく喧嘩をした。
三か月が過ぎる頃になると私は一種、諦めにも似た境地に至っていた。
未成年の私が何をどうしたって、何も変わらないのだ。
じゃあ、最初から何も望まない方がましだ――。
私は、あんなに得意だった勉強が手につかなくなり、学校をさぼるようになり、不登校の連中とつるむようになり、化粧を覚え、夜の町を徘徊するようになった。
母は懸命に私を「まっとうな道」に戻そうとしたが、その努力は徒労に終わった。
私は今、キャバ嬢をして5年目になる。
娘はもうすぐ3歳だ。
夫は店で知り合ったボーイ。
「私たち、幸せになれるよね」
最近、夜、突然、さみしくなり、寝ている夫にそうつぶやく。
でも気づいている。
夫の暴力が日に日にエスカレートしていることに。
夫に子供を預けた日には、必ず子供の体にあざが出来ていることに。
でも、きっと私の人生は順風満帆、昨日はママ友と焼肉を楽しんだし、一昨日は家族でディズニーランドにも行った。
だからダイジョーブ。
ダイジョーブ。
ダイジョーブ。
この言葉をお守りに、今日も私は深い眠りに落ちる。
薄氷の上を進むような今の生活を、どうか神様、見守っていてください。
そう、祈りながら。




