074 / デジタルシルバー世代
「ただいまあ」
仕事から家に帰ると返事がない。
「親父?おふくろ?」
家の者を呼んでみるも、やはり、返事がない。
しかしリビングからは賑やかな人の声が聞こえているので行ってみると、なんということはない、両親はともにテレビの前で揃ってこたつに入りみかんを食べていた。
「なんだ、いるなら返事してくれよ」
そう言いながら、俺は買い物袋をテーブルの上に広げ、中身を冷蔵庫へと移動させる。
「あら健司、ご苦労さま。今、帰り?」
母が振り返って言う。
「おお健司、おかえり。寒かったろう」
遅れて父も声をかけてくる。
「寒かったよ。立春は過ぎたからもう暦の上では春なんだけどねぇ」
俺は二人が聞き取れるように、つとめてゆっくりと、大きな声で話しかける。
「そうだ健司、電池は買ってきたか」
突然父が怒鳴るように言った。
「え?俺、初耳だけど」
俺はやはり、つとめて淡々と伝える。
「今、思い出したんだ。電池だ。リモコンの電池が無いんだよ。なぁ母さん」
そう言って、父はテレビのリモコンを指さした。
「親父たち、そういうことならラインくれればよかったのに」
と俺が言うと、
「ラインなんていりません!」
と母が怒鳴り気味に言った。
ラインは無料で通話やメッセージのやり取りができるのだと何度説明しても、うちの両親は受け付けない。
新しいデジタル機器に拒否反応を示しているのかと思いきや、自分たちのスマホでユーチューブは見ているのだ。
しかもショート動画まで使いこなしている。
デジタルネイティブの世代が、生まれた時からネット環境が整っている世代だとしたら、うちの親世代は、知らない間にデジタル機器が現れてくる脅威の世代なのかもしれない。
だから、出現した時代順にマスターしていくのではなく、自然に身のまわりにあって、生活になじみ、手のつけやすいものからマスターしていくのだろう。
うちの両親にとって、ラインはいまだインフラではなく、ユーチューブはすでにインフラなのだ。
傍から見ていると、とてもちぐはぐなのだけれど。
俺も年をとったらそうなるのかなぁ。
なんて、まだ50代ながら、俺は考えてしまう。
でもその前に、両親をしっかり最後まで見届けなきゃな。
ちょっと切ない気持ちになりながらも、こたつに並ぶ両親のか細い背中を見やって、俺はひとり気合を入れるのだった。




