071 / おひとりさま
朝の陽ざしのまぶしさに目を細めるとき。
はたまた、朝食のトーストがいつも以上においしく感じられたとき。
顔を洗う水が冷たくて心地よかったとき。
『枕草子』のように今日起こった素敵な瞬間を並べてみても、そこには私がひとり、いるだけである。
「高齢者」と呼ばれる年頃になって、友人知人がどんどん体調不良で撃沈していくなかで、私はすこぶる、調子がいい。
朝は早めに目覚めるようになったが、食事の量は衰えないし、週に3回のジム通いも続いている。
見た目は65歳をすぎていても、体の内側は、まだまだ20代のような若々しさでいっぱいである。
しかし最近。
ひとり散歩をしているとき。
ひとりおいしいものを食べているとき。
ひとりテレビを見ているとき。
パートナーの不在を、思う。
私が熟年離婚をしたのはちょうど50歳になった年のことだった。
私も元夫も、いわゆる「ミッドライフ・クライシス(中年の危機)」の真最中だった。
今の自分はこれでいいのだろうか。
このまま自分は年老いていくのだろうか。
自分の生き方はこれでよかったのだろうか。
そんな様々な思いに押しつぶされそうな日々の中、同じ症状を持つ夫とは助け合うどころか意地を張り合うこととなってしまい、結果、離婚に至った。
離婚した当初は、解放感からひとり、様々な場所へでかけたりして自由を満喫したものだったけれど、最近になってそれも落ち着いてきた。
そして、先にあげた「ひとり」であることを強烈に意識するようなときに、どうしても元夫のことを思い出すのだった。
離婚自体に後悔はない。
ただ、結婚したままだったら、私の横には今も夫がいたのだろうなと思うのだ。
また、もし再婚していたら、その場合でも、私の隣には新しい夫がいたのだろうなと思うのだ。
ふふ。
なんて都合のいい想像かしら。
今日も、ありあまる時間の中でそんな想像にふけってみる。
私はこのままひとり、死んでいくのだろう。
でも、結婚していたって、夫婦一緒に死ねるわけではない。
必ずどちらかが先に逝き、残された方もひとりで死んでいくのだ。
みーんな、最後は一人。
じゃあ、さみしくなんか、ないかもね。
でも、今後、体が弱ってきたら、そんなことも言ってられなくなるかもしれない。
それとも、すべて諦めてしまって、いっそすがすがしくなるのかしら。
まだ見ぬ境地に思いを馳せ、今日も私はひとり、布団に入り、目を閉じるのだった。




