052 / 柿みっつ
約束の時間まで、あと1時間。
今から家を出れば、十分に間に合う。
12月も中旬に入った。
俺はベストを着て上着をはおると、帽子をかぶり、マフラーと手袋をして玄関に立った。
靴はこないだ買ったばかりのスニーカーでいいだろう。
天気は晴れているから、傘はいらない。
車でとばすこと30分、隣の県の県庁所在地へと向かう。
そこは俺がかつて暮らしていた場所でもある。
近づくにつれて蘇ってくる昔の記憶に、俺の涙腺が少しだけゆるむ。
約束の喫茶店に車を停めると、俺はとりあえず車内で鏡を見て身なりを整える。
この時間は何度経験しても落ち着かない。
車を出て、喫茶店のドアを開ける。
ドアについていたカウベルが、からんころんと、鳴る。
店内で振り向いたのは数人ほど。
その中に、目的の人物がいた。
「お父さん、こっち!」
呼ばれて、軽く手を振り返す。
佳代は窓際の席を取っていてくれていた。
腰を下ろし、佳代と正面で向かい合う。
俺はにやっと笑ってみせ、「お前、またちょっと太ったんじゃないのか」と言ってみる。
「やだぁ!やめてよお父さん」
と、佳代は手をぱたぱた振って恥ずかしそうに笑う。
俺と佳代の母親が離婚したのは、もうずいぶん前になるが、その時は、まだ佳代は小学生だった。
母親とは折り合いが悪かったが、佳代は俺をたいそう慕っていて、月に一度の面会では俺を毎回心待ちにしていたようだった。
思春期に入り、それもどうなるかと思ったが、関係は変わらず、成人後は月に一度と限らず何度も会うようになった。
そんな佳代も、今では二児の母である。
「はいこれ」
紙袋を渡され、俺は「何だ札束か?」と言いながら中をのぞきこむ。
そこには色鮮やかな大きな柿が3つ、ごろりと入っていた。
「今年は柿のなり年でさ、もう職場や近所からたくさんもらうの。家に余っててさ。だからお父さんにおすそ分け」
「へぇ」
一人暮らしをしていて友人のいない俺など、こういう機会でしか貰い物をもらう機会がない。
「ではありがたく」
「お父さんも、もう年なんだから、何かあったらすぐに頼ってよね」
うれしいことを、言う。
大したこともしてやれなかった俺に、なぜ神様はこんなにも優しい娘を残してくれたのか。
そんなことを考えながら、俺は娘と世間話に花を咲かせるのだった。
窓から差し込む木漏れ日と店内のBGMが俺たちを優しくつつむ中で、いつまでもこの時が続けばいいと思いながら。




