医職集
タイトルの通りの単語、医職集について突き詰めて考えてみた。
人間の生活の基盤は衣食住だ。
人類史の中でも、近年日本はそれが質的にはともかく量的には満たされている。
凍死や熱中症にならない服装の確保。
栄養失調による餓死の減少。
休息時に慌てて逃げなくていい家。
質を追求すればきりがなく、量の配分も100%には近づけば近づくほど更に近づけることは困難になる。
一旦そういうのがある程度満たされていると仮定して、過去のそれらがなかった時代。
寒さをしのぐ服を買う金が無い。
飢饉により食料が足りない。
火事や盗賊が怖くて満足に休めない。
そういう時代の人が見たら満たされていて幸せに思われるのか?
そうだとも思うし、違うような気もする。
それ単体で見ればなるほど良くなったんだろう。
現代を生きる人から見ると、そんな衣食住なんて当たり前。
幸せってのは衣食住があるからいいってわけじゃないんだよという意見もある。
体が辛くてたまらない。どうにか治してもらわないと。
割のいい仕事や、やりたい仕事がしたい。きつくて、疲労が増していく。
隣の家の人がどんな人かわからない。挨拶するのも苦痛だ。
そういうものが突き詰められていくと出てくるのは、
「「「こんなのは衣食住があったって幸せなんかじゃない。この世は地獄だ」」」
そういう意見に返せる答えはない。
悩んで出てきた私の答えは医職集が第二の生活基盤になっているということだ。
当然に起こる長寿化に伴う体の不具合の治癒。
医療
職の多様化や地域偏在による差異の解消。
職(の流動性や選択権)
誰かと関係するための集合連携網。
(SNS)
それらを解消することが多少なり「地獄」がぬるくなっている側面があって、酸欠気味な枠組みに少しの憩いを与えているのではないか。
こう考えると更に上に第三の基盤があるようにも思う。
易(世の中の生きやすさ)
属(所属の安定感)
終(終活の安心感)
とかとか。




