第2話 印がなくても構わない
傭兵団内の空気が重くなり、全員が息を呑んでその場を見つめた。
王国最強の傭兵団小隊【不死の加護】。
六人の目が一斉に陰鬱で鋭い表情に変わり、脱退を宣言した元団長を凝視した。
「駄目だ」ニースが最初に口を開いた。王国最強の暗殺者が冷たく言い放つ。
「他の傭兵団に移るなら構わない」
「だが、この小隊から離れることは許さない」彼女は陰鬱な目でセリを見据えた。
他の者も同様の意見を示した。
「私たち七人は一緒でなければならない」
「うっ……」セリはゆっくりと後ずさる。
「【束縛】」ニースが小声で唱える。
暗殺者固有のスキル、極細で頑丈な糸を放ち相手を縛り付ける。
セリの体には無数の糸が巻き付き、動きを封じた。
「【覇者の凝視】」剣士固有スキル。
「【水流拘束】」魔術師固有スキル。
「【鋼鉄鎖縛】」盾役固有スキル。
「【麻痺】」射手固有スキル。
「【魂縛】」術師固有スキル。
他の者も次々とスキルを発動させた。
「うっ……」彼女は身動きが取れず膝をついた。
「異常状態……解除」神官固有スキル。
彼女がスキルを発動させるも、依然として動けない。
「うっ……」そのまま跪いていると、ニースが前に来て耳元で囁いた。
「セリ、あなたが私たち六人に勝てると思う?」
彼女の手を掴み、地面から引き起こす。
「さあ、残りはアジトで話しましょう」
ニースは彼女の手を強く握り、逃げられないようにした。
「任務拒否の件は頼める?」
「私は彼女をアジトに連れて帰る」ニースが他のメンバーに告げる。
「了解」セリーネが答えた。
「他の任務は受ける?」
「簡単な任務でいい、昨日も何もしてないし」
「そうだね」
彼らが話し合う中、ニースはセリの手を引いて傭兵団を後にした。
――
街の路上。
「ニース……」セリは前方を歩く彼女を呼び止めようとした。
ニースはセリの手を握りしめ、速足で街を進む。
「ニース!」セリは声を強め、足を止めて手を振りほどこうとする。
前方の彼女が振り向いた。
「どうした?」強くセリの手を握りながら聞く。
「帰る前に何か食べたい?」
セリは彼女を見つめた。普段と変わらない顔、変わらない声なのに、なぜか見知らぬ人に思えた。
体を後ろに引こうとするが、すぐに強引に引き戻される。
「離して、ニース。脱退すると言ったでしょう」セリは手を振りほどこうとするが、がっちり掴まれている。
「駄目だとも言った」ニースは冷たく言い放つ。
「これまで通り任務は続けるから、住まいや食事の心配はいらない」
「それに貯金も始めないと」以前は資金のほとんどを寄付していた、セリの決定だった。
ニースは彼女の手を握りながら考え込む。
「あなたを幸せにする、セリ」
不気味な笑みを浮かべ、セリを直視する。
「ニース……」セリは声を震わせながら彼女を見つめた。
「食べないなら、アジトに帰りましょう」ニースは言う。
強引に手を引っ張り、アジトへ向かう。
――
アジトに戻ると、ニースは彼女の手を離した。
セリが逃げようとすると、ニースは瞬時にドア前に移動し、扉を閉ざす。
「セリ、これもあなたのためよ……」ニースはゆっくりと言葉を続ける。
「これからは私たち六人だけに集中して、他人を助けようなどと考えないで」
ニースは彼女を見つめ、瞳の中にはセリしか映っていないようだった。
「何を言ってるの……昨日まではみんな普通だったのに……」セリは怯えながら後退する。
「印があれば精神支配も効かないはず……」
「これは私たち六人の決断よ」ニースは言う。
「あなたはいつも他人を助けようとして、私たちを道具のように扱ってた」
「そんな……皆の意見もいつも聞いていたじゃない!」
「ええ、私たちはあなたに逆らえなかった……」
ニースの顔が紅潮し、セリに近づいていく。
「だって私たちはそれぞれ、セリに特別な感情を抱いているから!」
「でも今回の王国任務だけは駄目」彼女は言いながら、さらに近づく。
「これ以上貴族たちに近づかせるわけにはいかない」
セリの目の前まで来る。
「絶対に許さない」凶暴な表情を浮かべる。
「あなたのスキルは不死ではなく、神官の【超治癒】でしょ」
どんな傷も瞬時に治す能力だが、痛みは消せない。
彼女はセリを掴む。
「それに【傷害転移】を組み合わせ、刻印を持つ者が受ける全てのダメージを自分に転移させる」
「物理ダメージも、魔法ダメージも、精神攻撃も、呪いでさえも自分に引き受ける……」
「そんな能力が貴族に知られたらどうなると思う!」
セリはその場に立ち尽くす。
「貴族に知られても構わないわ」セリは言う。
「貴族の方々は親切で高潔な方ばかり、危険なんてない」
「それに貴族はもっと多くの人を助けられる力がある」彼らと接点を持つのは悪いことじゃない。
セリは慈愛に満ちた聖女のように語った。
ニースは黙り込み、手を引っ込めた。
「どうだった?」ちょうどその時、他のメンバーがアジトに戻ってきた。
ニースは彼らに首を振る。
「そうか、セリーネが拒否しに行ったんだな、戻るまで待つ?」
「いいえ、彼女もこの計画は知っている」
「セリ」ニースが口を開くと、全員の視線がセリに集まった。
「これから私たち六人はそれぞれ別行動を取る」
「毎日一人があなたの監視を担当する」
「そして毎週日曜日に全員で難易度の高い任務を一つこなす」
「そろそろ貯金も始めないと」
「新しい装備も試したい」
「やっと少し広いアジトに引っ越せるかな」今の家は七人には狭すぎた。
彼らはぺちゃくちゃと計画を話し合う。
「何を言ってるの!」セリは激昂して叫んだ。
「脱退すると言ったでしょう、刻印も解除された、あなたたちが何をしようと私には関係ないわ!」
彼女は興奮しながら彼らを見つめる。
「もう二度とあなたたちを助けない!」
「私たちはとっくに刻印など必要なくなっていた」
セリの瞳が震える。
「セリ、気づかなかった?」
「あなたが最後に傷を負ったのはいつだい?」
彼女は記憶を必死に辿る。
(一ヶ月……半年……いや一年……?)
最後に負傷した時など思い出せない。
「私たちはもう王国最強よ、あなたの刻印がなくても傷一つ負わない」
「まあ刻印が消えると少し不安になるけどね」
「お守りのようなものだったか」
「背中にあるから見えないし……」
ニースは彼女を見つめる。
「私たちはあなたの力など必要ない」
「今度は私たちがあなたを守る番よ」