卒業式と恋心
紺色のプリーツスカートが膝の下で揺れている。その先の白い靴下は、片方は長く、片方はくしゅくしゅになって足首のあたりにあった。
「ごめん、チハル。靴下どめ持ってない?」
クルミが卒業式に来るかどうかを、私はずっと気にしていた。幼馴染のクルミは、不登校気味だったからだ。顔が見れただけでも嬉しいのに、まさかB組に、助けを求めにきてくれるなんて。
クルミには、クラスに頼れる子がいないんだ。
クルミは、私だけを頼りにしてくれるんだ。
私の胸は踊った。
助けを求めるクルミの顔は、申し訳なさそうだった。かわいいなあ。
「持ってるよ、はい」
廊下で、大きなリップクリームのような靴下どめを渡しかけて、やめる。
「塗ってあげようか」
「え、いいよ。貸してよ」
私はクルミに靴下どめを渡す。
クルミが屈んで、靴下をふくらはぎの位置でとめるのを見ている。クルミのスカートは長いから。靴下をとめるのが大変そうだ。
肩の上で切り揃えられた黒髪に、膝下のスカートに、白い靴下で。クルミは真面目だなあ。
短めのスカートに、茶髪をポニーテールにして。紺色の靴下の私とは正反対だ。茶色っぽい髪は、生まれつきだけれども。
「ありがとう、チハル」
クルミから受け取った靴下どめをポーチの中に戻す。顔をあげたクルミの顔を観察し、唇がカサカサだなあと思う。
「リップクリームも、塗ったら?」
ポーチの中からリップクリームをクルミに差し出す。クルミは首を横に振った。
「え、大丈夫。ベタベタするの、得意じゃない……」
私は私のリップクリームを、クルミの唇にあてようとする。クルミはギュッと目をつむった。
「やめてよ、チハル」
私は手を止める。間接キスは達成ならずだ。
クルミが卒業証書の授与で壇上に上がる。
私はクルミの靴下をチェックする。
靴下は、しっかりとまったままになっていた。
クルミが彼女の両親と、桜の木の下にいる。
満開の、散りかけの桜の木の下にいる。
綺麗だ。
「クルミ!」
「ああ、チハルちゃんかい? 大きくなったねえ」
彼女の父と母に、私は笑顔で会釈する。
「一緒に、写真撮ろう!」
肩に腕をまわしてスマホで自撮りしようとすると、クルミは頬を赤らめた。そのあと、彼女の母も私のスマホで写真を撮ってくれた。
帰り道で、撮った写真を眺めながら思う。
微妙な写真も、きっと消せないな。
私たちは今日、中学校を卒業した。
クルミへの恋心は、卒業できそうにない。