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ハレーズチルドレン  作者: イリ―
ゼンとマモル

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異質な言葉

 約五十年前、世界中でそれまでには存在しなかった生物が現れ混乱に拍車を掛けた。

 犬なのか、狼なのか、虎なのかも定かではない黒い獣が、突然世界中に姿を現した。

 時折赤く波打つように光って見える黒毛に全身を包んだ猛獣。

 その容姿(すがた)如何(いかん)に関わらずそれらが人間の敵であることはすぐに知れた。

 人間を襲ったからだ。その牙にかかった者の数は数え切れない。


 人々はそれを『魔犬(まけん)』と呼び、恐れた。


 世界レベルでの危機感から対応策は採られたものの、現在も排斥(はいせき)するには至っていない。

 これが紋章(もんしょう)と双璧を成す問題であり、世の荒廃の一因でもある。


 世界中にある組織の力を持ってしても魔犬の生態は明らかにならず、殲滅するどころか徐々にその数は増えていた。

 対抗策が進歩していることと紋章官(もんしょうかん)の守備行動により被害者の数は以前よりも減っているが今のままでは埒があかない。焦りが世界には漠然と充ちていた。


 結局は政府だけでなく民間レベルでの活動が必須であると判断され『魔犬狩(まけんが)り』は命懸けの一大ビジネスとなった。

 その魔犬狩りの為に民間で立ち上げられた組織の一つ『梁山泊(りょうざんぱく)』に(ぜん)は所属している。

 組織は情報と報酬の見返りに魔犬を要求し、その生死は問わなかった。

 全は魔犬を狩り、報酬を得ることで『家族』を守っていた。



「ところでよ、何かあったか? 辺りの雰囲気が少し変な気がしたんだが」


 全はいつもと違う空気を肌で感じていた。

 それはどこか卑屈(ひくつ)でいて(さげす)むような気配を纏い、辺りを漂っている。

 そういうものが全は酷く嫌いだった。

 普段とそれ程の違いは無いのかもしれなかったが、水面の小波(さざなみ)程度には印象が違った。


「あたし知ってるよ、(アキラ)ちゃんが東京に行ったからだよね、(マイ)ちゃん」


 花矢(カヤ)が舞を見る。舞はそうだねと頷いて花矢の頭を撫でた。


「薬屋さんのところの洸ちゃん、出たんだって。それで昼間に紋章官が」


 舞の顔にどこか寂しげな気配が漂う。

 紋章官は政府に所属するチルドレンの総称だ。東京の外でその姿を見かけることはそう多くは無い。


長瀬(ながせ)のおっさんのとこか? あそこ以外に薬がある所は隣町の一軒だけだぜ、居なくなっちまったらこの辺は」

「違うのよ、おじさんは行かなかったの、おばさんも。洸ちゃんだけが」


 それでか、と全は腕を組んだ。

 現行の制度では紋章の発露した者は強制的に東京へと移されて能力に()った専門の職に付く。

 若ければ政府直轄の紋章院で教育を受け、紋章の扱いを学び卒業後は適所に配置される。その費用は政府が持ち二親等までの家族は東京に住むことを許可された。

 対象者本人に選択権は無い。もし家族が拒否すれば、それは自ずと離別を意味する。


「長瀬のおっさんはいつも口やかましいが馬鹿がつく善人だからなぁ、町のみんなを見捨てらんねぇんだろうさ。実際いなくなればこの辺は成り立たねぇからな」

「洸ちゃんまだ四つなのに、おばさん泣いていたわ、本当は離れたくなんてないのにね」

「おばさんだけでもついていけば?」


 そう言って(マモル)がパンを千切る。雪月花(せつげつか)は無言でシチューを美味しそうに食べている。舞はその様子を優しく見守りながら答えた。


「それは出来ないのよ」

「なんで?」

「洸ちゃんは紋章が出たから東京に連れて行かれた。でもそれは同時に生活が保障されたということなの、言ってしまえばたとえ一人だったとしても生きてはいける」

「でもまだすごく小さいのに」

「そうね、離れて良いはず無い。でも残るおばさんがいなくなってしまったら? おじさんはずっと一人で生活をしていかなければならないのよ。たった一人で薬を仕入れて、何十というお客さんを相手にしないといけない。薬の調合だってある。一人でやるのはとても難しいでしょう?」

「だからおばさんが一緒に手伝わないと駄目なの? 洸ちゃんと離れちゃっても」


 そうね、と舞は寂しそうに微笑んだ。


「面倒くせぇことになりそうだなぁ」


 全はスプーンを(くわ)えたまま天井を見上げて(つぶや)く。


「何が?」


 護が不思議そうに全を見る。


「長瀬のおっさんは薬売りだから、まぁまだマシか。いいか護、紋章付(もんしょうつ)きを家族に持つってのはそれだけで標的になりやすいってことさ、すぐにお前にも分かる」




 全が何を言いたかったのか理解するのに時間はかからなかった。

 長瀬のことが気になった護は翌日すぐに薬屋へと向った。

 店に近づくほどに奇妙な空気を感じて辺りを見回した。人々が何かをこそこそと話し合っているように見える。

 そして、護は目にした。万人(ばんにん)に慕われていた長瀬が今や()(もの)に触るように避けられ妬まれている姿。

 薬を買っていく客でさえも視線さえ合わせようとしない、その異様な光景に護は目を疑った。

 護が店に入ろうとすると、すれ違った客の(つぶや)きがわずかに聞こえた。


「薬屋じゃなけりゃ殺してやるのに」


 護はその言葉に頭が熱くなり、気が付けば男の服の(すそ)を掴んでいた。


「お前! なんて言った! 謝れよ、長瀬のおじさんにあやまれっ!」

「なんだぁこのガキ、放しやがれ!」


 男は振り解こうと体を捻るが護は放さない。


「おじさんは皆の為に残ったんだぞ! 離れたくないのに離れたんだ! それなのにっ、それなのにっ!」

「何が皆の為だ、紋章付きの癖に! あいつは金があんのにこんなとこに居やがるんだ。俺達を見下して喜んでいやがるのさ、なめやがって。あいつも、てめぇもだ」


 男の拳が護に向けられる、護は目を(つぶ)り歯を食いしばった。

 しかし、男の拳は別の掌で受けられ、護に届くことは無かった。

 護は掌の主を振り返るように見上げると、そこには長瀬の熊のような髭面(ひげづら)があった。


「おじさん……」


 護の手が緩んだ隙に男は走ってどこかへ消えていった。

 長瀬はそれを見届けて店へと戻って行く。護は長瀬の後を追った。


「おじさん、ありがと」

「なぁに、礼を言うのは私の方さ、ありがとうな護」


 その表情にいつもの元気が無いことは護の目にも明らかだった。

 昨日まで居た娘がいない。長瀬の心から抜け落ちたものは決して軽くなく、娘の残滓(ざんし)を探すように視線が漂っている。護にはその心情まではさすがに理解らないが、寂しいのだとは思えた。


「ひどいよ、あんな言い方ないよ。自分達はいっぱい、いっぱいおじさんにお世話になっているくせにさ」


 護は頬を膨らませショーケースに並んだ薬用ナノカプセルの瓶を眺めた。


「仕方ないさ」


 諦めたように長瀬は言ってカウンターの椅子に腰掛ける。


「でもおじさん」

「いいんだよ、これでいいんだ」


 これで終わりだと言うように長瀬は腕を組んだ。護はそれ以上何も言えなかった。長瀬が思い出したように護に振り向く。


「そういえば薬はいいのか? また全に頼まれたんだろう?」

「ううん、今日は要らないんだ。まだ残りもあるし」

「そうか、それは何よりだ」


 長瀬は微笑する。


「それじゃあまた来るね」


 そう言い残して護は外に出た。

 辺りに見える大人達、通行人達が皆、色眼鏡でこちらを伺っているのが見えた。遠くで交わされる囁き声が聞きたくも無いのに護の耳に飛び込んでくる。


 いやねぇ、いい暮らしが出来るのに…。

 偽善者ぶってやがるのさ。

 娘さんが可哀想だわ、酷い親。

 奥さんまで一緒になって、あぁ厭だ。


 何故そんな風に思えるのだろう。

 それは普段耳にする言葉とは異質な、酷く汚らわしいものに思えた。

 屈辱や無力感、護は初めてそれに近い感情を抱き、叫びたい衝動を抑えて家への道を駆け出した。

 全力で駆けた。そうでもしなければ自分が内側から壊れてしまいそうだった。




 全が裏手にある納屋で荷物を準備していた。


「何でさ、全ニィ」


 全が何のことだと言うように奇妙な表情で振り返った。

 護は拳を握り締め俯いて直立している。その身から感情が溢れそうになるのを必死に抑えることで精一杯だった。

 全は視線を戻し再び荷物を探し始める。


 何も答えようとしない全を護はただ無言で待っていた。

 鼻水をすする音だけが途切れ途切れにきこえる。


「悔しいか?」


 護は涙でぐちゃぐちゃな顔もそのままに無言で何度も頷いた。


「だったら強くなれ」


 全はそう言って細長い棒状の包みを引っ張り出して護に放った。

 包みを受け取った護はその重みを感じつつ、きょとんとした顔で全を見る。


「おっさんの状況をどうにかしてやることは俺達にはできねぇ、何も変えられないんだ。起きたことはどうにも出来ない。だがな、お前に出来ることが二つある。一つはお前が見たような馬鹿な大人にならねぇこと」


 全は手の甲を向け人差し指を立てる。二本目が立ち上がる。


「もう一つはお前が強くなって――」


 包みを抱えながら護は瞬き一つせず全を注視し、その口から出る言葉を待つ。

 全は拳を握って前に突き出した。


「気に入らないやつを片っ端からぶん殴ってやれ!」


 棚の影の鼠が立ち止まる。


「いいか、お前はよわっちぃ。ちっこいし、ガキんちょだ。出来ることなんざ限られてる。だがな、お前には未来がある、希望がある。紋章付きだろうが旧人だろうが人間だ。人間様にゃあ等しく可能性ってものがある、お前の中にも可能性って奴は眠ってんだ。今は体のずっと奥の方で眠ってるそいつをお前がたたき起こすのさ」


 可能性。

 その言葉に護は胸が高鳴るのを感じる、自分の中にあるそれが光り輝く像を結ぶと握った掌が先刻とは違う震えを覚える。


「そいつはジェイが昔手に入れた日本の魂だ。お前はそいつと一緒に強くなれ」


 護が包みを解くと中から朱紅(しゅこう)(さや)が現れた。

 その表面は水が流れているような光沢を湛えている。

 柄を握り軽く捻るとカチリという音がした。護がゆっくりと引き抜くと刀は音も無くその身を現す。

 まるで氷のように涼やかな刀身に護は暫く見入っていた。

 全が気に入ったかと笑いながら問うと、ひとつ頷き護は刀を収めた。


「覚えておけよ護、今日がお前の元服だ」


 そう言って全は荷物を担ぎ上げ外へと向かい、すれ違い様に護の頭をくしゃくしゃに撫でた。


「さぁ今日は新しいお前の最初の狩りだ。気張れよ」


 護は涙を拭うと無言で頷き、ジャンパーを纏う全の大きな後姿を一生懸命に追った。




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