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ハレーズチルドレン  作者: イリ―
浅野真奈美

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11/54

紅蓮との戦い

 教会の前に爆炎が上がった。

 飛び散った細かな石やゴミが辺りに雨のように降り注ぎ、バラバラと乾いた音が幾つも折り重なる。熱風はちりちりと肌を焙り、周辺を駆け回りながら此処(ここ)が危険な場所だと一帯に知らせている。炎の上がった地面はえぐれ、焦げ、煌々とした赤い光を僅かに放っていた。煙の向こうには男のいやらしい(あざけ)り顔がある。


「さぁ、お分かりでしょう、我儘(わがまま)もいい加減にして頂きたいですな、景様」


 男の周りには三人ほどが控えている。彼らは一様に無表情の面相でその場を静観している。

 彼らとえぐれた地面の延長線上には景と護、そして舞の姿があった。


「オーブは渡しません、貴方達は何をしているのか分っているのですか! 貴方達だってチルドレンでしょうに」

「貴女こそ御自身の立場が分かっているのですか? おいそれと人前に姿を現してはこの国の不利益となるのですよ」


 そう言った男の黒い詰襟には火を模った徽章(きしょう)が見える。


 梶尾現十直属の私設部隊『紅蓮』


 その徽章には暗黙の強制力があると聞く。火の紋章官のみで構成され、作戦行動は戦闘を主とし、高官の隠密護衛、また暗殺なども行っていると噂される現在の日本における唯一の治外法権集団。

 あの大火葬も裏で紅蓮が動いたと噂されていた。


「この国? 嘘はお止めなさい、梶尾の不利益でしょう。所詮貴方達は梶尾の犬じゃない。あの人は日本の利益など考えてなんか無い」


 そんなことはありませんよと男は言う。


「梶尾様はこの国はもとい、貴女のお父上や貴女様のことだって心配していらっしゃいます。総理も貴女が心配で心安らかではいられないご様子、早くお戻りになって安心させては如何ですか?」


 正論丁寧な男の言葉面(ことばづら)に反して端々に下卑た印象を受ける。

 舞は窓から様子を(のぞ)こうとする雪月花に視線で奥に行くようにと伝える。それに気付いた三人は奥へと引っ込んだ。


「オーブとか、なんか分かんないけど、景は嫌がってるんだから帰ってよ」


 二人の間に割って入るように立った護は大きく手を広げた。その姿を見て呆れながら男は掌に持ったジッポを幾度も開閉させている。キンキンと高い金属音がリズムを伴って響く。


「このジッポはねぇ、オーブを使っていない今じゃ珍しいオイル式のアンティークなんですよ、こいつの炎がね何とも味があっていいんです。滑らかな流動、温度、香り、どれを取っても一級品だ。何ならもう一度ちゃんと見せて差し上げましょうか? 人間は美しく燃えますよ」


 舞達の表情が固まるのを見て男は大笑いした。『下衆』この言葉がこれほど似合う人間も珍しい。すると後ろで連絡を取っていたらしい一人が男に近付いた。


「黒岩小隊長、本部と連絡がつきましたがそれについて少々」


 何だと眉を(ひそ)め黒岩は部下らしい男の耳打ちを聞くとあからさまに不機嫌な様子で景達を見回した。


「景様、じきにお目付け役がいらっしゃるそうです」


 それを聞いた景の表情が青ざめる。


「彼女が、ここに」

「我々としてはそれまでにあなた共々回収しておきたいのですよ、面子もありますのでね。残念ですが実力行使に移らせていただきます」


 その言葉と同時に控えていた三人も景達を取り囲むように距離をおいて展開する。

 男達が構え、手を翳す。

 地面の焼け跡から炎が立ち上がると三つに分かれ、それぞれの掌に飛び、直径十五センチ程の火球を作り出した。


「この子達に手は出させないわ」


 舞は二人を守るように両手を広げて立った。黒岩がその姿を見て嘲笑(ちょうしょう)し指差した。


「やれ」


 それを合図に三人の掌から火球が舞に向かって放たれる。舞はそのままの姿勢で目を瞑り、顔を背けた。

 熱風を感じる度、舞の脳裏には映像がフラッシュバックしていた。

 その映像が何なのか記憶には無い。もしかしたら大火葬の記憶なのかもしれないとも思う。

 漂う土の、木の焼けた匂い、巻き上がった熱風、それらが過去を想起させたのかもしれない。

 誰も居ない焼けた瓦礫(がれき)

 黒く焦げた空。

 灰が漂う風。

 消炭(けしずみ)になった人であったもの。

 それらの映像が頭のずっと奥の方で次々にモノクロで現れる。

 これらが例え事実であれ虚構であれ、現実に在るべきものではないと、子供達に見せるべきものではないと舞は思う。紋章の力に取憑かれた心弱き者達に屈する訳にはいかない。全の居ない今、自分が彼らを守るのだという想いが舞のすべてを満たしていた。


「ゼン…」


 火球が舞に迫る。舞の白い肌は熱が次第に近付いてくるのを感じた、閉じた目蓋(まぶた)の闇が次第に明るくなっていく。


「舞ネェ!」


 次の瞬間、地面が裂ける音が響いた。熱気が遠のいて轟音が舞の周囲を包み込んだ。

 大きな蒸発音に気がつき目を開くと、眼前には水の壁がそびえていた。

 水壁は火球を呑み込み激しく水蒸気を上げている。振り向いた舞は掌を翳し低く身構えた景の姿とその額に輝く紋章を目にした。


「舞さん大丈夫ですか?」


 壁の向こうに居る黒岩を厳しい眼差しで見据えたまま、景は叫んだ。

 その姿はとても十二歳の少女のものには見えなかった。


「大丈夫、あ、ありがとう」

「彼らは本気です。お願いがあります。ここは危険ですからあの子たちを連れて離れてください」

「でも…」


 再び「お願いします」と言った景の瞳には有無を言わせぬ緊迫感が溢れていた。

 私は邪魔だ。

 舞は己の無力に奥歯を噛み締めて教会に駆け込んだ。




「護も逃げて」

 しかし護は小刻みに首を振った。


「僕だってハンターの卵だ、景だけ置いて逃げるなんて出来ないよ」


 景は早口で捲し立てる様に叫ぶ。


「駄目よ護、彼らは魔犬とは違うの、人間なのよ。護は人間を殺せるの? あなたのその刀であの人達を斬れるというの?」

「それは…」


 護は小刻みに震える己が両手にある刀を見つめる。


「出来ないでしょう? それでいいの、彼らは魔犬なんかよりももっと恐ろしい人達、間違いなくあなたは殺されてしまうわ。彼らが狙っているのは私だけ、彼らは私を傷つけたりしない、お願いだから逃げて。私一人なら誰も傷つかないで済むから」


 私は嘘を吐いている。きっと私も只では済まないだろうと景は思う。でなければ紅蓮が派遣されるはずが無い。彼らはきっと私を捕えた後、護達にも危害を加える。否、正確には浅野はそうする、彼女はそういう女性だ。だから彼女が現れる前に彼らを逃がさねばならない、その時間稼ぎをすることが私に出来る恩返しだとそう景は思った。

 だが護は逡巡(しゅんじゅん)を繰り返し逃げようとしない。


「早く逃げて」


 逃げようとしない護を理解出来なかったが、それが男としてのプライドと正義と現実の擦り合わせであることが理解できるほど景も大人ではなかった。

 二人がそうしている間に一際大きな蒸発が起きる。

 壁が破られ力を失って崩れ落ちた。その向こうで黒岩はゆっくりと手を叩いている。


「流石ですなぁ、地中を走る水道管から引き出すとはねぇ、しかも圧力をかけることで壁にして火を消す。優位属性であるとはいえ、お見事です。しかし、いくら貴女でも一度に四人は相手に出来ますまい」


 黒岩が袖を(まく)ると左腕の内側に赤い紋章が揺らめいているのが見えた。


「それでは本気で行かせて戴きますよ。少々の火傷はお許し下さい、貴女がいけないのですから」


 黒岩はそれだけ言うと一直線に飛び上がり回転しながら体に炎を纏った。宛ら炎の独楽(こま)のように景に向かう。その他の三人も無駄なく死角から逃げ道を塞ぐように向かってくる。

 景は掌を交差させると頭上に掲げて両手を広げた。動きに連動し水柱が持ち上がり細かな粒となって拡散し撃ち出される。水滴の散弾が弾幕を張った。

 一人は足を撃ち抜かれ落下。

 一人は炎を盾に威力は弱めたが全身に細かな散弾の打撃を受けて弾け飛んだ。

 一人は身をかわし体勢を崩す。

 黒岩は身に触れる前に全てを蒸発させ、先と変わらぬ勢いで向かってきていた。

 直撃の瞬間、景の額が強く輝く。

 両手を組み合わせ、その周りに水を纏わせると黒岩の回転に合わせて水流を作り、目前に迫った独楽を押さえ込もうとする。接点から立ち上がる大量の蒸気がその凄まじさを現していた。

 尋常でない光景を目の当たりにした護はその場から動くことも目を逸らすことも出来なかった。


「くぅ」


 力も属性の優位性も景の方が上、しかしそれでも気を抜けば突破されかねない程に強い負担が掛かっている。腐っていても黒岩もまた紅蓮の精鋭の一人だということなのだろう。彼もまた必死であるのだと分かる。だが今押し切られる訳にはいかない。


「やあぁぁぁ」


 水流を追加し瞬間的に圧力を上げて黒岩を弾き飛ばす。炎が掻き消された黒岩は辛うじて空中でバランスを保ち着地するがその肩は大きく上下していた。だがそれは景にも言えることで瞬間的に上げた力が、まだ完全でない体力を奪う。

 そこに隙が生じた。立ち直った一人が炎の鞭を景の足に絡ませた。

 しまった。即座に水の薄幕を足の周囲に張ったが完全には防ぎきれない。


「きゃあぁぁぁ」


 白木に巻き付く蛇のようにその皮膚を焼く。鼻腔に足の焼ける嫌な匂いを感じた。



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