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ハレーズチルドレン  作者: イリ―
浅野真奈美

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プロトコルオーブ

「こいつぁプロトコルオーブだな」

「プロトコルオーブ、なんだそれ?」


 かなり変種のようだがな、と超小型電子ルーペのレンズ越しにオーブを眺めながら痩せぎすの骨張った老人は(うな)る。


「全よぉ、おめぇ属性の相関は分かるか?」

「馬鹿にすんなよ爺さん、今時そんなもの基本だろうが、ガキだって知ってる」


 奇怪な声で老人は笑う。


「そうだなぁ、分かりやすい例で言えば、火の力と水の力では水の方が優位な訳だ。水は火を消しっちまうからなぁ。ところがだ、属性の組み合わせ方次第によっちゃあ力は増加したりする。火に木の力を加えると火が強くなったりな、だがこいつだと木の力は消費されて無くなるわな。こいつは仕方の無いことではある」

「それがなんだってんだよ」

「火の力と木の力、こいつらの力が反発せんように共通の土台に上げて効率よくエネルギーを利用する為の装置がプロトコルオーブだ。例えるなら日本と他国が言葉も通じねぇ会話で衝突しねぇように言語を訳して円滑に進める為の通事(つうじ)ってこった。まぁ緩衝材(かんしょうざい)だ」


 なるほどなぁと店の奥に見えるショーケースに目を投じると、棚には大小様々なオーブが飾られ輝いている。

 オーブ自体は小ぶりな店内に幾つも陳列されてはいるが、ショーケースに表示されている値段は桁が違う。

 十人も入れば身動きが出来ないであろう店内に客の姿は無い。

 町の電気屋よろしく小ぢんまりと老人は店を切り盛りしているのだが、腕が良いのでその道では有名だ。全も老人との付き合いは既に五年以上にはなるだろう。


 だがなぁ、老人はオーブを養生の上に置いて睨め付けるように全を見た。ほんの少し辺りを窺い、近付くように指を曲げる。


「さっきも言ったがこいつは変わり種だ。いくら同じ土台に上げたとしても今のところ混合出来る属性には制限がある。水と火は決して交わらん、そんなことをしてもお互いに消えちまう。それが相克(そうこく)ってもんだ。だがこいつはとんでもないぜ、推測だけでハッキリとは言えないが見る限り恐らく存在する六つの属性すべてに対して適応できる。だとしたら正に最高のプロトコルだ。

 全よぅ、お前さんがこいつをどこで手に入れたのかは知らんがこのテクノロジーは夢の技術だぞ。そんなもんがそんじょそこらに転がっている訳がねぇ。どの国も各国に先んじて優位に立ちたい所だろうがオーブに関しては団栗(どんぐり)の背比べが現状だ。こいつはそんな状況を一変させちまう、完全に国家機密レベルだぜ」

「そんなもんかい? そんなに凄いのかねぇこんな玉っころがさ」


 現十が追っている物だから価値があるのは充分解っている。

 だが今一つしっくり馴染まない。

 百聞は一見にしかずだと老人は立ち上がり全を奥へと招く。言われた通りに全は老人に続き薄暗い地下へと続く階段を降りていった。


「なぁじいさん、こいつは簡単に幾つも作れんのか?」

「俺が作った訳じゃねぇからどうだか知らねぇが、すでに一個が人の手で作られてる以上は複数個出来ていることもあるだろうな。だが素材に特別なものを使ってりゃあオリジナルのみってこともあるだろう。そもそもそれがオリジナルかどうかも分からんが」


 地下に降りると何も無い狭く無骨な廊下があり、何に繋がっているのかも分からない配線が走っている。奥には行き止まりの壁が見える。壁面には所々何かを読み取るセンサーのようなパネルが埋め込まれているようだ。

 老人は迷いなく端まで行くとセンサーに掌を触れた。直後、壁が音も無く割れて入り口を作り出す。その様があまりにも有機的なので、まるで壁が生きているような印象さえ受けた。

 この土のオーブを利用した扉は旧市街では珍しいが先端の都市では増えているらしい。

 土の力を流動させて干渉することでこのような芸当が出来るという話は聞いたことがあったが、見るのは初めてだった。加えてDNA認証のロックはたかが町のちっぽけなオーブ屋にしては過剰なほどに厳重なセキュリティだと全は思った。


「何をしとるか、早く来い」


 急かされ部屋に足を踏み入れた。

 滅菌室のような青白い部屋の壁際を埋め尽くすように何に使うのかも解らぬ機材が並ぶ。ところどころに浮かぶディスプレイには理解できない文字列が並び、奥には更にガラスで区切られた部屋が見える。電源は床パネルからの無線接続になっているのかコードの類は殆ど見えない。ガラスの向こうは実験室か何かだろう、部屋の中央に金属の装置と歯車を積み重ねたような腰の高さほどの台が置かれている。そこは明らかに旧市街とは思えない程の科学に侵された空間だった。


「おいおい何だこりゃ? じーさんちょっとやりすぎじゃねぇの? 何がしたいんだ」


 部屋を見回し歩き回って全は口元だけ笑う。マッドサイエンティストという言葉が、その脳裏を過ぎる。


「やかましいわヒヨッコが。こっちはお前さんが生まれるずっと前からオーブ技師一筋でやってきてるんだ。信頼できるオーブを使って貰うにゃあ、それなりの施設設備は必要ってもんよ。そもそもオーブ自体が国からしか供給されねぇ胡散(うさん)クセェ代物だ。せめて何も知らん連中に流れる前に安全なもんか確認せにゃならんだろうが、今や世界に蔓延している最先端技術だ。万が一があった後じゃ遅いんだぜ」

「そりゃそうだがなぁ…」


 いつの時代もお上は信用できねぇからなと老人は妖怪のように笑った。

 老人はガラス張りの奥の部屋に全を連れて入った。真ん中にある装置に並んでいたオーブの一つを手に取ると、台の上に固定した。オーブはその内部に赤と濃緑の色を走らせている。

 老人は「こいつを見な」と一枚のホロディスプレイをスライドさせた。


「この装置でエネルギーの抵抗やら容量やら量子の細かな構成、電子の波動の振幅だの事細かに観察できる。まぁ今回は純粋なエネルギー値だけで良いだろう、例を見せてやる」


 そう言って老人は装置を操作すると部屋の照明が消えた。


「この方が判りやすいからな。まずは炎のエネルギーを普通のプロトコルに通す」


 オーブに赤い光が浮き上がり部屋を照らす。揺らめくように輝いて波紋が走る。

 数字はどうだと言われ、全がパネルを見ると235EEと表示されていた。


「235って出てるぜ。これは何だ。数字だけじゃよくわかんねぇな」


 全がパネルを老人に向けると老人は鼻で笑った。


「おめぇにエネルギーの何たるかを一から説明してたら何年経っても話が進まねぇ。数字だけ見てりゃ良いのさ。参考までに言えばそいつは照明用の約一月分だ。そこに木のエネルギーを加えてみるとだ」


 濃緑の光が照射される。赤い光に交わるように加わる、赤と濃緑の光は揺らぎながらオーブを彩っている。もういいだろうと老人が言うと同時に光は消失する。部屋にはディスプレイの薄ら青い明かりだけが灯った。

「622EE、すげぇな三倍近いじゃねぇかよ、こんなに上がるもんか」

「上手くできりゃあな」


 老人はオーブを装置から外す。


「本来交われば緑の光は飲み込まれて無くなるんだがこいつを使うと一方的な侵食を防ぎ効率良くエネルギーが使えるのさ。事前の調整は必要だが、詰まる所バランスを取るのがこのプロトコルの役割だ。まぁ現状では上手く出来ても三属性程度、しかも何でもいいって訳じゃない。実際は二属性でもかなり難しいことだ」


 世間一般で複数の属性を合わせて使うことなどまず無い。大抵はそのままでのエネルギー利用しかされていない。


「じゃあお前の持っているそいつを貸してみな」


 全はオーブを渡す。老人の手で先程と同様に装置にセットされる鮮やかなきらめきを全は眺めた。


「今度はさっきよりも出力を下げる。予想道理ならとんでもない数値になりかねないからな。まぁ分かりやすくするには設定値はシンプルな方がいい」


 老人はニヤニヤしている。その様は壺の毒薬を混ぜている魔女のようだと全は思った。


「つい笑っちまうぜ、年甲斐もなく技術屋の血が騒いでいけねぇ」


 夢の技術。

 その道の職人が目の当たりにすればそんなものかと老人の皺枯(しわがれ)れた横顔を見る。


「さぁ、やるぜ。まずは炎だ」


 一色、二色とオーブに色が加わっていく。放たれる光で部屋は瞬く間に鮮やかな輝きに包まれ幻想的な色合いの空間が生まれる。

 水の中に居るような感じがするのは光が波打っているように見えるからなのかもしれない。そして総ての色が混ざると今までの色は消え去り、かわりに金色がかった白色光が生まれた。

 あまりにも突飛な変化に二人は驚く。

 しかし全はこの色に見覚えがあった。あの光の塔によく似た色だった。


「こいつは…まさか…」


 老人がディスプレイを見て絶句する。

 映し出される数字に二人は目を見張った。


「たった120? おい、爺さんこいつはどういうこった?」


 設定値を下げたとはいえ、この数値は先の実験から考えても全属性を合わせたとは思えないほど低い数値だった。ともすれば標準以下、まさにそうとしかいえない数字である。


「詰まる所は大したものじゃないってことじゃないのかこいつは。期待外れもいいとこだ。国家レベルだなんて大袈裟(おおげさ)なんだよ爺さん」


 その問いに老人は答えようとはせずに見入っている。


「いや…まさかそんな筈は無い。あれは確かに」


 蚊の鳴くような声で呟く老人にただならぬ様子を感じた全は老人の肩に手を置いた。


「どうしたよじいさん、顔色が悪いぞ」


「あ、いや、何でもない。あまりにも素晴らしいものだから年甲斐も無く興奮しちまっただけだ」


 興奮だったろうか? 今のはむしろ驚愕ではなかったかと台を離れて椅子に座ろうとする老人の背中を見た。


「素晴らしいか? 数値は低いぜ、こんなもの何の役に立つんだ。混ざりゃいいってもんでもないんだろ? これならさっきの方がマシだもんな」

「全てを合わせられていること自体が素晴らしいと言える。数値は低いがまだ中途、未完成なだけだと言い換えることも出来る。そしてもしこいつを完璧に調整するか、エネルギーそのものを増幅出来るような装置が別にあったなら、間違い無く現在の世界のエネルギー相関図は塗り替えられることになるだろう。だが…」


 そこまで言って老人は考え込むように黙ってしまった。全には今一つ分からない。


「こいつが世界を変えるくらい凄いってのか? 俺にはよくわかんねぇな。属性の力をまとめなくたって十分だと思うんだが」


 呆れたように老人は全を見上げる。


「いいか、いくら紋章の力だといっても属性が違うってのはまったく別のエネルギーだってことだ。火も水も違うもんだろう?」

「まぁなぁ」

「例えば一つの属性あたり十という力があったとする。全体としてみれば六十の力になる訳だが、さっきも言った通り属性には相克ってのがある。すると単純に足し算が出来くなった上それぞれに用途も限られてしまう。火は火でしかないからな。

 汎用性が高いのは電気、つまり雷だろうがこれも一本化は難しい。火で電気を作ろうとしても一から一は出来ない、一の電気を作るにしても、どうしても余計に力が必要になる。結局合計六十という力があったとしてもそれぞれ十としてしか使えないってのが今の世の中、そこで何とか折り合いを付けている訳だ」


 無理しないで使えるものを使う。そういうことなのだろう。


「ところがだ、これをプロトコルで一つのエネルギーに変換できるとなれば分割されている六十の力を一つにまとめて六十として使うことが出来るようになる。単純に考えたって六倍に膨れ上がる。しかも統一されれば汎用性においても申し分のない完璧な理想のエネルギーになる」

「なるほどな、規格が統一されていれば、あらゆるものの効率が飛躍的に上がる。余計なことを考える必要が無くなる訳だ」


 そうだ、と老人は答える。


「そしていつの時代も最先端科学は軍事利用されるのさ、むしろそれが出来ないものなど欠陥品であるとも言える。素晴らしい力は諸刃の刃。歴史がそれを証明している」


 そして現政府の軍上層部に鎮座する梶尾がこれを生み出したとなれば、当然市民の生活向上だとか自然環境改善などという平和利用では済まないだろうことは全にも容易に想像できた。

 漠然とだが現十が何を考えているのか分かったような気がしたが、それでも幾つも疑問が残る。

 このオーブに属性を調和させる効果があるのは分かった。だがもし老人の言うとおりの物だとしたら、あまりにも現十の追跡が弱い。本来であればもっと必死に追わねばならないものだろうと思う。後一歩で世界を動かせるかもしれない品なのだ。

 だが、このオーブはいとも容易く景に奪われた。

 問題はそこだ。奪われた、そう、奪われたのだ。

 しかし奪われたにも関わらず昨夜、東京の空に光の塔は立っていたのだ。ここにあるオーブを使わずとも光は上がった。

 つまりこれは唯一のオリジナルじゃない。

 嫌な予感が走った。だがそれは鮮明な形を成す前に不意に現われた侵入者の気配に掻き消される。


「これは面白いですね、何ですかそれは」


 突如部屋に響いた声に二人は虚を突かれ焦りの表情で振り返った。

 ガラスの向こうの入口に一人の男が立っている。

 白いスーツに身を包み、手を後ろで組んだ長髪の男が怪しげな笑みを浮かべていた。


「若いの、おめぇ一体何もんだ」


 焦燥を僅かに浮かべながら老人は男を観る。


「あんたは……何でここに」


 男は紳士然とした態度で礼儀正しく一礼をした。


「突然の来訪、非礼をお許しください。私は梁山泊(りょうざんぱく)四天王の一角、九紋竜史進(くもんりゅうししん)という者です。以後お見知りおきを」


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