第1話 メタロイドの襲来
何の変哲もない休日だった。
そう、つい先ほどまでは。
今は至るところで悲鳴が響き渡り、阿鼻叫喚の様相を呈していた。
バラバラに引き裂かれた人間の身体が、所々に散らばっている。
——こんなの、どうしろってんだよ……無理ゲー過ぎんだろ。
優斗の目の前には、人間を無差別に殺傷する完全自律型の機械生命体が佇んでいた。
彼の前にいるメタロイドは、全長は軽くニメートルを超え、黒光りする金属製の外殻がその体を覆っている。
脚部は八本あり、それぞれが強力なバネのような構造をしていて、先端には鋭い鉤爪があった。
頭部には複数の眼があり、不気味な赤い光がそこから放射されていた。
それらが薄暗い室内で怪しく輝き、じっとこちらを見つめて無機質な視線を送っている。
まるで巨大な昆虫や甲殻類を思わせるその機械の怪物は、どうやっても生身の人間が太刀打ち出来るものではなかった。
◇◇◇
それは、何の前触れもなく突然起こった。
世界各地の都市に突如として現れた巨大なオベリスクは、黒曜石のような光沢を放ち、異様な存在感を漂わせていた。
それが一体何かを確認する間もなく、謎めいた構造物の中から無数の機械生命体が現れた。
後に「メタロイド」と名付けられたそれらは、一斉に人々を襲い始めた。
東京、ニューヨーク、ロンドン、上海。
主要都市が次々と襲撃を受け、人類は未曾有の危機に陥った。
軍隊や警察の抵抗も虚しく、メタロイドの圧倒的な力に為す術なく敗北していく。
しかし、同じ頃にまた別の異変が起きていた。
各地に現れた、未知なる超古代文明の遺跡。
その場所から発掘されたのは、大いなる力が宿る戦闘兵器「ギア」であった。
ギアは操縦者の心身と同調し、その者のオーラを原動力として動く。
そして、一人一人の個性や能力に合わせて、最適な戦闘形態を形づくる。
その驚異的な性能は、機械生命体たちに対抗し得る力を持っていた。
しかしながら、ギアを操縦することができるのは、選ばれた者たちだけであった。
それが、特殊な力に目覚めた者「エレメンツ」である。
彼らは機械生命体が出現し始めた頃から、力に目覚めた者たちだ。
戦闘兵器ギアと、その操縦者たるエレメンツ。
それらは現在、メタロイドに対抗する上での最重要戦力となっていた。
◇◇◇
東京は気持ちよく晴れていた。
明るい日差しを受けた街を、電車が走り抜けていく。
その少年は、走る電車の中で、吊り革につかまって外を見ていた。
天気のいい日は席に座らずに、流れていく街の景色を、のんびりと眺めるのが好きだった。
少年の名は神楽優斗。
特にイケメンでもないし、別にブサメンでもない。
身長も平均ほどだ。
これと言って目立った特徴はなく、普通という表現がピッタリだ。
令和の時代になっても相変わらず不景気な、現代の日本社会を生きる、普通の高校生である。
「観に行くのどんな映画?」
隣に立っている鈴木が聞いた。
「今話題のSFファンタジーのやつ。映画賞もたくさん受賞してる」
優斗が答えた。
「月に一度、お小遣いをはたいて見る映画鑑賞が、俺の何よりの楽しみだからな」
今日は休日だが、午前中は学校で補講があった。
今はその帰りの電車の中である。
彼はこれから、アウトレットモールまで映画を見に行くつもりだった。
「わざわざ映画館まで行かなくても、ネットで観ればよくね?」
鈴木が尋ねた。
「巨大なスクリーンがつくり出す、あの空間が重要なんだって」
優斗がそう答える。
「ふーん、優斗は映画はどんなジャンルでも観んの?」
「まあね。けどやっぱり、とりわけSF作品が好きかな。漫画でもアニメでもそう。科学とイマジネーションが合わさった、独特な世界観が好きなんだよね」
「SFねー、例えばどんなの?」
「そうだなー、『マトリックス』や『攻殻機動隊』の様なサイバーパンクから、『エヴァンゲリオン』みたいな王道まで、幅広く好きだね。ちなみに、エヴァならアスカ派だから」
優斗は映画やSF作品に関しての話しであれば、とても饒舌になるのだった。
「あー、エヴァなら少しわかるわ」
——こいつ、あんま興味無いな。まあ、高校生でSF作品にやたら興味関心のある俺の方が珍しいか。
そうこうしているうちに、アウトレットモールのある駅に到着した。
「んじゃ」
「おう、またな」
優斗は電車を降りて、鈴木とはそこで別れる。
駅の改札を抜けると、すぐ目の前がアウトレットモールである。
休日なので当然のごとく、すでに多くの人で賑わっていた。
——うわ……やっぱ人の数すごいな。
人混みが苦手なので、それだけで少しげんなりした。
しかし、今さら踵を返して映画をあきらめることなど出来ない。
そして彼は、多くの人で賑わうアウトレットモールに入っていった。
まず映画館に着くと、自動受付機でチケットを発券した。
——まだ上映までは時間に余裕があるな。ショッピングモールの方を、少しぶらぶら見てみようか。
この東京郊外にあるアウトレットモールは、数年前にリニューアルしたばかりだ。
エリア内には有名な企業の店舗がずらりと並び、どこもたくさんの人で溢れ返っていた。
また商業施設の隣には、大きな公園も併設している。
公園内では、ランニングをしたり、犬の散歩をしたり、バドミントンやフリスビーをしたりと、人それぞれ様々なことをして過ごしていた。
——映画を観た後は、あっちに行ってくつろぐのもいいな。
のんびり歩きながら、優斗はそう考えた。
何の変哲もない、至って普通の休日であった。
平和でのどかな時間が過ぎていた。
その時、突如として異変が起きた。
不穏な気配に、優斗はふと足を止め頭上を見上げると、アウトレットモールの広場の上の空中が不自然に歪み始めていた。
「なんだあれ……」
すると、まるでガラスが割れるように、何もない空間がひび割れていく。
周囲の人々も皆同様に異変に気づき、驚きの表情で空を見上げていた。
次の瞬間、空間が崩壊するようにして裂け、その隙間から不気味な存在が姿を現した。
それは、冷たく頑強な金属で身体を覆われた、無数の機械生命体たちであった。