事後処理は幼馴染の特権
それからしばらくは、怒涛の勢いで日々が過ぎていった。何せ人が一人消えたのだ。周囲の人間を巻き込んで大捜索が行われた。少し面白かったのは、茜が消えてから数日間は、いつものことだと彼女の両親でさえ心配しなかったということ。日頃の行いというやつである。
ただ、数日間何一つ連絡がこないことに加え、いつも一緒に行動している僕が通常の生活を送っていたことで不審に思ったらしい。
彼女の両親に本当の事を言おうか迷ったが、明らかに頭がおかしい奴扱いされて話を拗らせるのも本末転倒だったので、無難に「自分探しの旅に出ていった」と伝えることにした。
それからしばらくして学校に連絡。ただ、学校も勿論彼女の行動など把握していないので、その後警察に連絡することとになった。もちろん、数日間連絡しなかった事をキツく詰められたのは言うまでもない。
ただ、誰一人として彼女の居場所を知る人はおらず、また彼女がどこかに行った形跡も何一つないことが事件性を高めさせた。都会ならまだしも、僕たちが住んでいるのはそこそこの田舎。近所の○○さんが入院した、だの○○さんちのお兄ちゃんが不倫された、だの聞かずとも噂話が入ってくるような場所だ。知らない誰かがうろついていればだれかが目撃していて噂話になっていておかしくない。
そんな地域で誰一人、彼女の姿を見ず、どこに行ったかも知らない、というのはなかなかにあり得ない状況なのである。地域の住民と警察で捜索活動が行われた。ただ、やはり一切の手がかりもなく、時間だけが過ぎていく。
時間とは残酷なもので、最初のうちはあれだけ協力的だった学校や警察も、少しずつ、少しずつ捜索頻度が落ちていった。そうして、秋になり、冬を越え、僕は高校生になり、大学生となった。
茜との時間が大半を占めていた僕は、失踪当初クラスメイトや家族から心配されていたが、やはり時間が経つにつれ、皆そのことに触れなくなっていった。仕方のないこととはいえ、薄情に感じてしまうのは当事者だからだろうか。唯一、彼女のご両親とだけは縁が切れず、仲良くさせてもらっている。
「真白くんは、今何年生だっけ」
大学から帰省した2年の夏。変わらず茜の家に挨拶に行くと、少しやつれ気味の顔で笑いながら聞かれた。
「そうか、もう20になるのか。早いもんだね」
今年で大学2年になる、と伝えると、嬉しそうに目を細めながら自身の頬を撫でながら遠くに目を馳せる。一体誰を思い浮かべているのやら。
「どうだい、今度ウチで酒でも。おじさんに付き合ってくれないかな」
なんだかんだ早いもので未成年の時期は越えてしまった。初めて飲んだ酒の味は、純粋にまずかったことだけ覚えている。
「まぁ、最初のうちから飲める子というのも少ないし。酔っぱらって前後不覚になる真白くんを眺めるのも面白そうだ」
人の弱いところを楽しみにしないでほしい。そういうところは茜にそっくりだ……いや、逆か。
「本当なら、茜も含めて4人で騒ぎたかったんだがね」
あいつは顔色変えずに飲んでそうだな、と考えながら麦茶を喉に流す。若干ぬるいのは氷が入っていないからだろうか。
「ありがとう」
急な感謝の言葉に驚く。顔を出しただけで感謝されることもないのだけれど。
「君がいてくれたから、僕たちは絶望せずにいられたんだ」
「茜がいなくなって、最初の頃はいつものやんちゃだと思ったんだ。でも、3日が経ち、メッセージに既読がつかない。なにより、真白くんを一緒に連れて行っていない」
「沢山の人に協力してもらって、茜を探し続けているけれど、何一つ手がかりが出てこない。正直気が狂いそうになる日もあった」
そう話すおじさんの顔は、少しずつ俯き、声も小さくなっていった。こころなしか、肩も震えているように感じられる。
「いっそのこと、死体でも川から上がってくれれば諦めもつく。そう考えてしまったことだって何度もあった」
「それでも、真白くんは変わらず茜を毎日探し続けてくれた。同じ学校の子や、近所の人たちの中には君を疑う声だってあったのに」
正直それは仕方のないことだと思う。情報が少なすぎたのだ。そのうえで、いつも側にいた僕が何も知らないというのはそれだけで噂の対象になり得る。
僕としては彼女自身が見つからずとも、色々と探すことがあったので別にいいのだけれど。
「君が諦めないでいてくれたから、妻も僕も今日まで生きてこれた。茜もまだ生きていると思える」
実際、彼女は生きているのだろう。それを今この場で伝えられないことが、少し歯がゆかった。
「失踪した人間が死亡扱いになるまで、7年らしいんだ。つまり、後2年。それまで僕たちは茜を探し続けることにするよ。真白くんはどうする?」
世間が決めたルールで探す事を止める気もないので、僕はそのまま探し続けます、と答えた。そのために今日この日。僕はここに戻ってきたのだ。
今日来た目的。それは彼女を追いかけるために異世界に行くこと。その準備がようやく整ったので、彼女の家に向かったのだった。
彼女の部屋に入らせてもらい、昔の思い出を懐かしみながらこの計画まで大切に保管してもらっていた物を回収する。彼女の部屋は、丁寧に掃除がされいつでも生活ができるように手入れがされていた。
実を言うと、彼女の行った異世界転移の方法自体は失踪したその年に見つけていた。ただ、条件が揃う日、そして転移に必要な条件がなかなか揃わず、なんだかんだ5年が経ってしまっていた。
そして、その日の夜。僕もまた、この世界に別れを告げた。全ては、彼女に想いを伝えるために。