第1話 斉天大聖、三国時代へ
「ウキャキャキャッ! いやあ、面白い!」
金色の毛に赤い目、黄金の瞳を持つ猿が、何もない空中を手で掴みながら大笑いしていた。その隣にいた家来の猿が、その様子を見て不思議そうに尋ねた。
「大王、何がそんなに面白いんですか?」
「ん?ああ、これは『三国志演義』という本だ。あまりにも面白くて、もう何度目に読むか分からないよ。本ごとに少しずつ違う部分もあって、何度読んでも飽きないんだ。」
家来の猿は首をかしげた。
「え?今、手には何も持ってないのに?」
孫悟空はクスクス笑いながら答えた。
「ああ、そうか。お前には見えないか。これは大体500年後に出る小説なんだ。」
「え?500年後に出る小説をどうやって今読んでるんですか?」
孫悟空は胸を叩きながら言った。
「俺は闘戦勝仏、つまり仏じゃないか。天眼で未来に出る本も先に読むことができるんだ。」
「それは羨ましい能力ですね。」
孫悟空は自慢げに肩をすくめて言った。
「うん!羨ましければ、お前も仏になればいいさ。どうせ生死簿に名前もないんだから、時間はいくらでもあるだろう?」
家来の猿は手を振った。
「いやいや、私はここ花果山で友達と遊んでいるだけで満足です。」
悟空は一度頭を掻いて言った。
「確かに、俺もあちこちで騒ぎを起こして五行山に閉じ込められ、逃避性解脱で仏になったんだが、仏になってからのほうが退屈かもしれないな…何か面白いことはないか?」
家来の猿が慌てて言った。
「大王!そんな考えは捨ててください。仏になったのに、以前のように天界や竜宮をひっくり返していたら、体面が保てませんよ!」
孫悟空は鼻を鳴らして言った。
「ふん!仏になった俺が騒ぎを起こしたところで、誰が俺を止められる?」
「…まさか、本当にそうする気ですか?」
「ヒヒッ!さあ、どうだろうな?」
その時、背後から空気を震わせる澄んだ声が聞こえてきた。
「仏とは真心の理をまず悟り、その後長年の習気を取り除いていく過程にある者である。どうして雑念に迷い、心を乱すのか?」
孫悟空が首を曲げて後ろを見て、薄く笑った。
「なんだ、久しぶりだな、観世音菩薩。しかし、その真心だの習気だのという、そんな不可解な話はどこから出てくるんだ?」
観世音菩薩は慈悲の笑みを浮かべて言った。
「これもまた200年ほど後に出る本に書かれていることだ。それより、仏になったのだから、もう少し自重してはどうか?」
孫悟空は薄く笑った。
「自重だって?釈迦如来に見つからなければいいさ。それより何の用だ?挨拶に来ただけじゃないだろう。」
観世音菩薩は指を下に指し示しながら言った。
「今、下界で大きな騒乱が起こっている。」
孫悟空は顎を撫でながら言った。
「なんだ、またか。人間たちが揉めているのはいつものことじゃないか。適当に戦って疲れたら大人しくなるだろうから放っておこう。」
観世音菩薩は真剣な表情できっぱりと言った。
「仏法の命脈が絶たれたのだ。」
孫悟空は目を丸くした。
「何?そんなことが可能なのか?」
「不可能ではない。」
孫悟空は火眼金睛を転がしながら呟いた。
「…妖鬼が仕組んだのか。」
観世音菩薩はうなずいた。
「そうだ。表向きには唐の武宗の仏教弾圧に見えるが、その背後には確実に妖鬼が絡んでいる。人間同士の問題で仏法の命脈が絶たれることはないからな。」
孫悟空は自信満々に言った。
「じゃあ、下界の妖鬼を捕まえれば簡単に解決するな。今すぐにでも…」
観世音菩薩は首を振った。
「それがそんなに簡単なことではないのだ。今回は妖鬼たちが時間線を裂いて入り込んだ。」
「時間線?」
「そうだ。西域から仏の教えが伝わり始める時点、その時期を狙って教えを歪めたのだ。」
孫悟空はしばらく考えてから、その場に仰向けに倒れ込んだ。
「もう知らん。そんなことは人間同士で解決しろ。いつまで俺たちが人間の後始末をしなきゃならんのだ?」
「いつまでか、永劫の時を経て、すべての衆生が輪廻の輪から解脱するまでだ。そして今や仏になったのだから、他人事のように話すわけにはいかんだろう。」
孫悟空は嫌気がさして言った。
「知るかよ、そんなこと。誰かが命じるならともかく。」
「そうか?誰かが命じるならやるのか?」
「…まさか?」
「釈迦如来が直接命じたことだ。」
孫悟空は髪の毛を掴んで引っ張った。
「ああ!本当に嫌だ!嫌だって!どこか逃げるところはないのか。」
「如来の手のひらすら逃れられなかったくせに、夢見てるんじゃない。」
孫悟空はあぐらをかいて座り直しながら言った。
「わかった。で、何が問題なんだ?どうすればいいんだ?」
観世音菩薩は微笑みながら言った。
「どうやら妖鬼たちは西域から仏典が伝わり始めた時点で、訳経僧(仏典を翻訳する僧侶)に手を出したようだ。」
「何?訳経?それは三蔵の専門じゃないか。三蔵に解決してもらえ。」
「伝壇功徳仏(三蔵が仏となって得た名)は訳経に関しては最高だが、妖鬼を倒す武力は持っていない。」
孫悟空は顎を掻きながら言った。
「確かに、あの泣き虫の学者はいつも妖鬼に捕まって問題を起こすからな…いや、待てよ。それが問題じゃない。」
孫悟空は指を数えながら言った。
「どれどれ…仏典が伝わり始めた時点なら、俺が五行山の岩の中に閉じ込められていた時じゃないか…その時の俺は天真爛漫なただの猿だったろう。なのにどうやって訳経僧を守るって言うんだ?」
「それは心配しなくていい。妖鬼たちが入り込んだのは俗時(俗世の時間)だから、仙時(仙界の時間)には影響を及ぼすことはない。君はただ一時的に俗時の過去に戻り、元の歴史を正せばいいだけだ。」
「…まあ、それはそうとして。じゃあ俺が何をすればいいんだ?」
観世音菩薩はほのかに微笑んで言った。
「後漢末期の洛陽に行き、訳経僧の支謙に会いなさい。そして彼が安全に巴蜀に入るのを手伝うの
だ。本来は呉に行くべき人物だが、妖鬼たちが何か手を加えたようなので、しばらく巴蜀に居させる必要がある。」
孫悟空は耳をぴくっと立てた。
「巴蜀?巴蜀と言えば、劉備が蜀地域に建てた国じゃないか?…まさか?」
観世音菩薩はうなずいた。
「今回は劉備と支謙の二人を連れて巴蜀に行くのだ。」
孫悟空はうんざりしたように手を振って言った。
「嫌だ!あの耳の大きい奴、小説を読むだけで三蔵と同じタイプの頑固者だ。話を聞かず、頑固で困った奴ら!」
「頑固ではなく、強い意志と言ってくれ。」
孫悟空は飛び跳ねながら言った。
「三蔵、あの頑固な人間のせいで俺が14年間どれだけ苦労したか知ってるくせに!しかも今回は荷物が一つじゃなくて二つだって?俺は嫌だ。できない!もう腹を括れ。」
孫悟空は仰向けに倒れ込み、駄々をこね始めた。観世音菩薩は落ち着いて言った。
「まあ、構わないが…君の頭を一度触らせてくれないか?」
「何?頭?」
孫悟空は自分の頭を探り、まるで感電したかのようにビクッとして表情が硬直した。
「まさか…これは…いや、まさか…」
「まさかじゃない。緊箍児だ。」
孫悟空は泣きそうな顔で地面を叩いた。
「ああ、なんてことだ!また緊箍児だなんて!」
「釈迦如来の意志だ。素直に従うがいい。」
孫悟空は胸毛を引っこ抜いて長いロープを作り、首に掛けながら言った。
「ああ、もういい。死ぬつもりだ。あの苦労をまたしろって?」
「君がそんなロープごときで死ぬはずがないことは分かっているだろう。無駄な脅しはやめたまえ。」
孫悟空はイライラしてロープを投げ捨てながら言った。
「じゃあ、少しでも役に立つ話をしてくれないか?」
観世音菩薩はしばらく考えた後、言った。
「本来、緊箍児、金箍児、禁箍児の三つの宝貝はすべて三蔵の弟子たちのために使われるべきものだった。」
「そうか?でもなぜ緊箍児だけが三蔵の弟子に使われたんだ?残りの二つは黒風怪と紅孩児…あれ?どっちもお前の弟子じゃないか?」
「成り行きでそうなったのだ。」
孫悟空は舌を鳴らした。
「チッチッ。観世音菩薩が如来の物を横取りしたんだな。紅孩児を倒すときから怪しいと思っていたよ…」
「すべては如来の意志だろう。それより、今回の旅は紅孩児と黒風怪、その二人と共に行くことになる。そうすれば目的をより簡単に達成できるだろう。」
孫悟空は今にも泣きそうな声で言った。
「いやいや、待て!まるで決まったことのように言うな。まず劉備は儒教の化身のような存在だぞ。仏教の行をどうしろと?そんな馬鹿なこと言うな。」
観世音菩薩は柔らかい目で言った。
「儒仏は本質的に異ならない。また劉備は皇帝になった後、羅漢像を建立するなど仏教を尊重する姿勢を見せた人物だ。支謙を守り、入蜀後に仏教を繁栄させる役割にぴったりだ。そして劉備の人生自体が苦行の中の苦行だから、そんな心配はせずに行ってくれ。」
「いや、誰が心配してると…」
「説明が長くなった。さあ、その時点に送るぞ。さて…」
「お?ちょっと。今何を…」
如来は嬉しそうに手を叩いて言った。
「よし、見つけた。では健闘を祈る。」
「おい、待て。俺の話を…」
「そうだ、下界に降りたら本来の能力を全部は使えないだろう。そしてできる限り元の歴史が変わらないように注意するんだ。まあ、注意したからといってそうなるとは限らんが。」
「待て!俺の話を聞け…」
孫悟空の言葉が終わる前に、眩い光が花果山を包み始めた。
「こんな一方的なのはありえ…」
いつの間にか静かになった花果山には、孫悟空の姿はどこにも見当たらなかった。観世音菩薩は合掌しながら頭を下げた。
「南無阿弥陀仏観世音菩薩。」
その姿を見た家来の猿は首を振った。
「やはり仏になるのは無理だな。」
家来の猿は胸を撫で下ろしながら森の中に消えていった。
***
「うう…頭が痛い。」
孫悟空は頭を抱えながら起き上がった。
「おお!起きた!」
「ん?」
孫悟空が周囲を見渡すと、黄色い頭巾をかぶった人々が孫悟空を高い壇上に横たえ、その周りに集まっていた。
孫悟空は即座に状況を把握した。
『黄色い頭巾か…そうか。これがあの黄巾賊というやつか。』
孫悟空が起き上がる様子を見た人々は大興奮し、大声を上げた。
「黄色い猿が起きた!」
「吉兆だ!黄色い天が開く兆しだ!」
「張角様に捧げよう!」
「いや、まず首を切って祭ろう!」
「そうだ!切れ、切れ!」
孫悟空は内心で怒りを覚えた。
『この馬鹿どもが…誰の首を切るって?』
孫悟空が怒って壇を蹴飛ばすと、壇は一瞬で壊れた。
「おお!凶暴な猿だ!捕まえろ!」
人々が飛びかかると、苛立った孫悟空は耳から如意棒を取り出そうとしたが、思いとどまった。
『仏になったからには勝手に殺生もできないし。困ったな。』
その間に、人々は孫悟空の首に鉄の鎖で作った首輪をかけた。自分の首にかけられた首輪を見て、孫悟空は呆れたように言った。
「おいおい、これは何だ。今度はペット扱いか?」
人々は孫悟空の言葉に驚いて慌てた。
「話す猿だ!」
「吉兆だ!」
「首を切れ!」
孫悟空は額に手を当てて深くため息をついた。
「はあ…もう苦労の道が見えてきたな。」