表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

800文字ショートショート

君がお嫁に行くまでは膝の上に

作者: 一色 良薬

「おやおや。今日はどうされました? お嬢様」

 ワタクシの膝の上に座ってぐずぐずと鼻水を啜る、小さなお姫様の背中を支えつつご機嫌を窺う。潤んだ瞳からぽろぽろと透明の真珠を流し、への字に結んだ唇が悲しみにより震えていた。

「おべんきょうやだ。おけいこもやりたくない。みんなとあそびたい……」

「奥様にまた手厳しく叱られたようですな」

 朝から晩まで部屋に缶詰めして勉学を叩き込み、教養を高めるためにあらゆる習い事を教え込む。

 教育熱心なのは感心するがまだ五歳児。何事にも早く始めることには賛成だが、固められた善意の“躾”により交友関係は希薄──というよりほぼない。

 遊び相手もいなければ少しの息抜きすらも許されない。

「おそとにきれいなおはなさんがあったから、ちょっとだけおべんきょうおやすみしてみにいっただけなのに……」

「それはそれは……。可哀想に」

 よく見るとお嬢様の手にはしおれたシロツメクサが握られている。年頃の好奇心旺盛さを歓迎すべきだと思うが、旦那様も匙を投げる堅さには受け入れられないことだろう。

「ともだちもいないし、おとうさまもかえってこないし。わたし、ずっとひとりぼっちなのかな」

「ワタクシがいますよ。いつまでもお嬢様の味方です」

 腕に寄りかかった小さく暖かな存在を慈しむように見つめる。

 一年前、初めて出会った時より幾分か体重が増えた気がする。膝に感じるすくすくと成長する命の重みを愛おしみながら、いつまで甘えてくれるのだろうと寂しさも湧き上がってきた。

「子供はすぐに成長しますからね」

 そして大人になったら、ワタシクのことなど忘れて強く生きていくのだろう。

 ずっとワタクシの膝の上で座ってくれていたらいいのに。

「ものおきごや、ちょっぴりこわいけどいすさんにすわってるととってもおちつく」

 にこにこ笑う少女にワタクシの声は聞こえていない。

 いつか小さなお姫様の手を引く王子様が現れるまで、今は安らぎの時を君と一緒に。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ