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こちら、異世界転生管理事務局~今日も創造神様たちの世界創造をサポートします~

作者: 小路

 このお話は、「異世界転生ものって増えたけど、それを管理する機関があったら面白いんじゃ……?」という作者の突飛な思いつきから生まれた作品です。

 「異世界転生管理事務局」という言葉は、その時にふっと頭に浮かんだもので、語呂の良さから採用しました。

 気軽に読んでいただけたらと思います。


※ 誤字脱字等、チェックはしたつもりですがありましたら申し訳ありません。


2023.7.13 タイトルに加筆修正を行いました。


 ――異世界転生、異世界召喚、異世界転移。


 元の世界では平凡な一般市民である人物が、あらゆる方法で異世界へとたどり着き、その世界の理を変えていく事態が増加している。

 危機が迫った世界を救うこともあれば、異世界人が来ることで世界が危機に瀕している場合もある。

 そこで創造神達は、それぞれの世界の均衡を保つ為、無闇矢鱈と異世界転生や異世界召喚が行われないよう管理・取締をすることにし、そのための組織を設立した。


 ――その名も、「異世界転生管理事務局」である。




「――はい、こちら異世界転生管理事務局 総務部 支援課 相談担当の吾妻(あずま)です」




 俺は卓上で鳴った電話を素早く手に取り、受話器を構えた。

 ここに連絡が来たということは、何か面倒が起きたのだ。

 暗くなる気持ちを隠すように、受話器越しにいる相手に向けて努めて明るい声を出した。




「……はい、WL673担当の創造神、メンシーク様ですね?いつもお世話になっております。本日はどのような相談内容でお電話されたのでしょうか?」



 

 俺が担当している相談の仕事とは、素早く電話で相談内容を聞き取り、迅速に判断・各部署への連絡・相談者(創造神)への対応をとらなければならない。

 そして相談内容の殆どは似たようなものが多く、かつ対応に手間取るものが多い。

 まずはメンシーク様の話を聞き取りながら、机上に用意してあるメモ帳にペンを走らせた。




「……はい、……はい、なるほど。つまり、メンシーク様が担当している世界の小国で、異世界召喚に纏わる文献が見つかってしまい、我欲を優先した小国の王が異世界召喚を強行してしまったということですね?異世界転生された際の状況や人数、能力(スキル)等わかる範囲で構わないので詳細を教えていただけないでしょうか」




 相談内容の大半はこのように、創造神の管理している世界で創造神の意に反した異世界転生や異世界召喚等が行われてしまったというものだ。

 昨今、「異世界転生ブーム」が来てしまい、創造神を始めとした神や、今回の電話のようにその世界の生物などが無断で別の世界から他の人間を転生・召喚する事案が増加している。

 異世界転生や異世界召喚で、その世界の様々な水準が向上したり世界崩壊の危機を乗り越えたりすることも多い反面、転生・召喚された人達がその過酷な運命を嘆き、逆に世界崩壊を招くケースも少なくない。

 また、異世界召喚や異世界転移をすることで、本来元の世界で巡る筈だった命がなくなってしまい、その世界の運命が捻じ曲がってしまうこともある。

 そういった被害を少なくするために、創造神達が設立したのが俺の働いている「異世界転生管理事務局」なのである。




「一度内容を確認いたしますね。時空の勇者を召喚するという名目で小国にある王城の地下深くで召喚の儀が行われ、召喚されたのは男性2名と女性1名の計3名。内1名の男性には時空の勇者の証である右肩に砂時計の痣を持っていたが、先に確認されたもう1名の派手な見た目の男性の肩に砂時計のタトゥーがあった為、そちらが時空の勇者だと誤認され、祭り上げられたと。女性は力は弱めですが聖女の適性があると判断され、そのタトゥーの男性と共に城へ迎えられたが、本当の勇者は確認されるまでもなく城を追い出されたということですね」




 これも典型的なパターンで、本来召喚した目的の人物が手違いや一緒に召喚されてきた人間に嵌められ、保護されずに追い出されるケースである。

 この場合、真の勇者が悔しさをバネに努力し才能を開花させることで、自分を蔑ろにした相手を見返すパターンと、追い出された恨みから復讐の為に国や世界を滅ぼそうとするパターンに分かれるのだ。

 前者であれば、召喚先の世界はさらに繁栄し、後者であれば世界滅亡に瀕する可能性が高い。

 しかし、この初期段階で状況を正確に調査し、対応を間違えなければその後の軌道修正は比較的にやりやすいのだ。

 


 


「こちらから2点確認させていただきたいのですが……まず1点目、召喚が事前に阻止できなかった理由は何かありましたか?――……ふむ、メンシーク様の配下神にあたる神様か異世界召喚の本を回収する役割だったが、古く強力な封印を施されていた一冊を見逃してしまったということですね。召喚の儀が中止できなかったのは、本を回収しきれていなかったことに気付いたその担当神様が、メンシーク様への報告・連絡・相談を怠り自分で解決に動こうとしていたと」




 上司に怒られるのを恐れ、報告をしなかったことで後々重大なトラブルに発展するのは神の世界でも度々ある。

 きっとその配下神、元々の勤務態度によっては一時的に神としての力を制限されるなど、何かしらの罰を与えられてしまうだろう。

 どの世界でも、神は自身の司る力を下界のものへ施し、信仰心を高めることで自身の存在を維持する。

 逆に、下界のもの自身が想像した神へ祈ることで、その力を司る神が誕生することもある。

 しかし、力の制限をされた神は、下界のものへ施しが行えず、自分の信仰心を薄れさせてしまうのだ。

 信仰心がない神は、最悪自分の存在を維持できなくなってしまう。

 まあ…火の神や水の神のような、その世界を構築するにあたって不可欠な存在の神は大体有能なので、そんなヘマはしないしそもそもこのような仕事は回されないはずだ。

 正直メンシーク様が今回任せた相手が悪かったのと、メンシーク様自身上司としての確認不足が否めない。

 口が裂けてもこんなこと言えないが。




「次に、今回召喚された方々がどこの世界から召喚されたか特定できそうでしょうか?その方々が纏っている異世界の残滓から、どの創造神様が管理している世界か特定ができると思うのですが…………はい、お隣のWL634・フナブ様の世界からの方々ですね?」


 

 

 どこの世界から召喚されたかが特定できれば、この後の対応は面倒だがマニュアルに沿って対応ができる。

 私は今後の対応をメンシーク様に説明し始めた。




「では、今後の対応を説明しますね。よろしければメモをお取りください。まず、メンシーク様は今回召喚された3名が今後ご自身の世界にどのような影響を与えるのか調べてください。その間に私の方で、審査管理部の調査担当を経由してフナブ様へ今回の件を説明いたします。その上で、元の世界から召喚された3名がいなくなることで、向こうでどのような影響が出るのかを確認させていただきます」




 まず異世界召喚をすることで、元の世界と召喚先の世界への影響を調査して貰う。

 元の世界にとって重要な人物で、いなくなることで多大な影響を及ぼす場合は、なるべく早く元の世界へ返さなければならない。

 召喚された方々が混乱しないよう、召喚された間の記憶を消すなどの対応を取った上で。

 特に影響がない場合は、元の世界の創造神は召喚者の返還を無理に求めなくても良い。

 

 逆に、召喚された世界で有益な影響を及ぼすのであれば、召喚先の世界で暮らした方が幸せになれる場合が殆どなので、そのまま残ってもらう方が召喚された方々の為にもなる。

 そうなった場合には、メンシーク様には「異世界召喚申請書」を、フナブ様には「異世界召喚許可書」提出してもらうことになる。

 本来であれば、これらの書類が申請・承認されることで初めて異世界召喚が可能になる。

 手順が逆になってしまうが、書類の内容が承認されれば問題ないのである。



 

 「――……滅多にない例ですが、両方の世界でマイナスな影響を与える場合には、どちらの世界でどのように対応するかを2柱で話し合い、追加の申請をしてもらうことになります」




 最悪のケースを想定した部分も含め、メンシーク様に説明していく。

 今回は召喚された方々が3名いるので、それぞれを調査し、必要があれば申請していただくことになる。

 しかし、俺は相談担当なので、俺自身ができる仕事は手続きに必要な書類作成ぐらいだ。

 後の大きな仕事は他の担当に引き継ぐことになる。



 

「では、この後は別の担当の者へ引き継いでの対応になります。ここまでの私の説明で何か不明な点はないでしょうか?――――……わかりました、なるべく早急に次の担当へ引き継いで、対応してもらうようにしますね。それでは、失礼致します。」




 なるべく音を立てないように、通話を切るためのフックを手で押さえてから受話器を置いた。

 一度体を伸ばし、自分がペンをひたすら走らせたメモに目を通す。

 これで今期、異世界転生に関するトラブルで電話された事案は4件目。

 当局が設立する前と比べるとずいぶん減ってきたが、まだまだこのような事案は後を絶たない。

 元の世界では特に何もない人が異世界召喚されると、その人を召喚先の世界に適応させる為、本人の知らぬ間に職業や能力(スキル)を発現させることが多い。

 発現する職業や能力(スキル)はランダムだが、召喚者が自然と使いこなせる形で発現することが多く、所謂「チート状態」になることも少なくない。




 

 必要な対応を取る上で、誰に仕事を回すか考えることにした。

 まず、審査管理部 審査管理課の調査担当にフナブ様へ連絡を入れてもらわなければならない。

 椅子をくるりと反転させ、後ろのデスクに座っている人物へ声をかける。




井上(いのうえ)さん――WL673担当のメンシーク様からの依頼です。僕と一緒に対応をお願いします。WL634から召喚されてしまった3名の身元調査の依頼を審査管理課へお願いします」

「あちゃちゃー……無断召喚されちゃったんですね。しかも3人も……これは骨が折れますね。この時点で私、本日の残業が決定です。課長に頼んで残業代弾んでもらおうっと」

「……課長に残業代はどうのこうの出来ないはずだよ」


 


 思わず普段通りの砕けた口調になる俺から資料を受け取り、パラパラと読みながら無表情で愚痴を零す井上さん。

 その表情は決してあちゃちゃーという言葉を零したように見えないのだが、彼女は表情が乏しい割に言動が賑やかなタイプである。

 軽口を叩く反面、降ってきた仕事はきちんとこなすので、我が部の優秀な人材なのだ。




「……というかメンシーク様、つい先日もなんかやらかしてませんでしたっけ?」

「この間は、世界を少し弄るために流した神力の量が予定より多すぎて、600年ぐらい眠らせてた筈のシードラゴンがうっかり起きちゃったからその対応に追われてたな。今回は一応やらかしたのは部下らしいけど」

「メンシーク様、悪い人ではないんですけど視野が狭いというか()()力が足りないというか…()()神の筈なのに」

「もう少し周りの状況見たりして欲しいよね……え、ていうかそれ駄洒落じゃないよね?」



 俺のツッコミは華麗にスルーし、ちょっぱやで終わらせますと言葉を残して足早に去っていく井上さん。

 見た目にそぐわず駄洒落を会話内にしれっと織り込むことがあるところも彼女の特徴である。

 見た目はクールビューティな雰囲気があるのに……人は見た目によらないことはここに来てよく学んだ1つだ。

 まあ、審査管理部への連絡に関して、後は彼女に任せれば問題ないだろう。




 次に、先程メンシーク様に説明した「異世界召喚申請書」と「異世界召喚許可書」の作成に取り掛かる。

 これは俺が聞き取りした内容を元にある程度内容を埋めて、メンシーク様とブナフ様それぞれに内容確認とサインをして貰えば良い。

 その前に課長へ今回の件を報告しておこう。

 課長はデスクでコーヒーを飲みながら業務をしている。

 俺は課長のデスクへと向かった。




牛沢(うしざわ)課長、今お時間よろしいですか?」

「吾妻くん!良いよ良いよー、なんか電話長かったもんね。また面倒が起きたのかなーって心配してたんだ」




 課長はニコニコとしながらも、俺が電話対応をしていたのをちゃんと把握していたらしい。

 課長は一見柔らかい物腰だが、視野が広く自分の業務をこなしながらも部下の様子をよく見ている。

 仕事の指示も的確なので、俺も毎回安心して報告できるのだ。

 今回の件の内容をなるべく端的に説明していった。





「――――……なるほど、また無断召喚かあ。大分減ってきたけど、まだまだ後を絶たないね。まあ、吾妻くんと井上さんなら対応はもう慣れたと思うけど……審査管理課の加藤(かとう)さん、イラつかなきゃ良いなあ」

「向こうの課長さんですよね?前回の時も創造神様に対する愚痴が凄かったですからね……」





 俺は、イライラした表情の加藤さんと、その部下で加藤さんのイライラをなんとか宥めようとする木村(きむら)さんの顔を思い浮かべた。

 ……まあ、加藤さんの怒りの矛先は間違っちゃいないので、今はあまり深く考えないようにする。

 課長に報告も終わったので、井上さんと情報共有しながら予定通り書類の作成に取り掛かるとする。








 

 ――――――井上さんから審査管理課(むこう)へ連絡を入れてもらって暫く経った頃、また一本の電話がかかってきた。

 今回は内線がかかってきている呼出音なので、おそらく調査結果の報告だろうと考える。

 今取り掛かっている業務を一旦中断し、一度深呼吸をしてから受話器を取った。




「――はい、総務部 支援課 相談担当の吾妻です」

《――――――あ、お疲れ様です……審査管理部 審査管理課の木村です……》

「お疲れ様です、木村さん。今回は急な対応をありがとうございます」

《いえ、大丈夫です……うちの課長はメンシーク様に思うところがあるみたいですけど……》




 はは、と乾いた笑いが受話器越しに聞こえてくる。

 気の強い加藤さんと正反対に、木村さんはオドオドしているタイプなので、上司の発言に気が気ではないのだろう。

 同期のよしみで今度愚痴を聞いてあげようと心に決めながら、報告を受ける準備をした。




「それで、無断召喚された3名について、どのような調査結果になったんですか?」

《それがですね、ちょっと厄介なことになりそうで……早急な対応が必要と判断したので、こちらからメンシーク様とブナフ様には事前に報告をして対応を急いで貰っています》

「……勇者である人物が闇堕ちしそうな未来だったんですか?」

《実は……――》





 木村さんの報告によると、確かに少々厄介だった。

 3人とも、ブナフ様の世界(元の世界)では、いてもいなくても特に大きな支障がない人物だったらしい。

 ただ、メンシーク様の世界(召喚先の世界)では、大きな影響を齎す存在であることが判明したのだ。

 

 まず勇者である人物は、現在他の国へ逃げる最中らしく、そこで丁重に保護されるとのこと。

 理不尽に追放されて心が折れそうな彼を、道中に増えていく仲間が支え、逃亡先の国で真の時空の勇者として活躍していく未来であった。


 時空の勇者はプラスの影響を齎す反面、残りの2人がマイナス面で大きく働く未来となる。

 特に大きく影響を齎すのが、聖女と判定された女性の方だったらしい。

 その女性は実は聖女ではなく、夢魔(サキュバス)能力(スキル)を覚醒させていて、無意識に発動している魅了魔法で鑑定士を操った結果、鑑定が改ざんされた。

 その力は強大で、やがて小国の王や偽の勇者を中心に周りから祭り上げられるようになり、やがて魔王級の力をつけて世界に様々な被害を出す存在になるらしい。

 偽の勇者自身は元々大きな力を持たないが、その女性の能力に操られ影響される結果、最終的には人間とも悪魔とも見分けがつかない怪物になってしまうとのことだった。




「――――それはまた……面倒な人物が召喚されてしまいましたね」

《とりあえず、メンシーク様とブナフ様には直接やりとりをして、その2名の対応を早急に判断してもらうようにしました。おそらく、真の勇者はメンシーク様の方の世界でそのまま暮らせるようにするとは思いますが……》

「了解です。申請書と許可書はある程度型を作ってあるのですが、場合によっては追加の書類が必要になりそうですね」

《どのような判断がされたか分かり次第、連絡しますね》

「よろしくお願いします」




 電話が終わると、どっと疲れた感覚が押し寄せた。

 これは……俺も久しぶりに長い残業と戦うことになりそうだ。

 思わずため息を零すと、視界の端からスッと何かが差し出された。

 どうやら井上さんが、俺の分のコーヒーを淹れてくれたらしい。

 ありがとう、と言いながら受け取ると、自分も飲みたかったので、と返された。




「……メモを見る限り、厄介な結果が出た感じですね」

「いやあ、本当に。……久しぶりに結構な案件がやってきたよ」

「でも……もし、私がメンシーク様だったら、このまま3人とも引き受ける方向でいきますね」

「えっ?なんで?勇者はいいにしても、残りの2人は魔王級とその手下みたいになるんだよ?世界にも結構な影響を与えるみたいだし」




 思わずギョッとして井上さんの顔を見る。

 彼女はそんな俺に対して、キョトンとしながら、だって、と言葉を続けた。




「魔王級が生まれるなら、真の時空の勇者とやらに倒してもらうように『召喚者運命調整許可書』を追加で申請すれば、2人を元の世界に戻す手続きをとるより楽じゃないですか?」

「………………ああ!」




 最悪のケースだった場合を想定しすぎて、その方法があったことを失念していたことに気付いた。

 確かに、このまま悪影響な2人を元の世界に戻して周辺の記憶を調整する手続きよりも、時空の勇者が魔王級になる女性を倒す運命に調整する方が手続きが簡単だ。

 井上さん曰く、審査管理課へ連絡した際、その辺の手続きも視野に入れながら木村さんへ依頼したそうなので、こちらから再度連絡する必要も無いとのこと。

 流石、俺よりも柔軟な考えをしているな。

 井上さんのようないい仕事仲間がいてくれて良かったよ、俺。




 

「今から暫くは大変かもしれませんけど、魔王級を倒したら勇者の活躍の影響もあって、その後の世界にはプラスの力が大きく働きますし。メンシーク様的にはそっちの方がありがたいんじゃないかと」

「そっか、そうだよね。井上さんに一緒に対応をお願いして本当に良かったよ」

「……それに多分、その方が物語的には熱い展開になりそうですし」

「物語って……」

「吾妻さん知りません?ある世界ではそういう異世界転生の話が漫画になったり小説になったりして人気があるんですよ」

「知ってるよ。物語の分と同じだけ色んな世界があるんだから」




 色んな世界に物語がある分だけ、その物語の世界は本当に存在するし、逆にその世界が本当に存在するからこそ、物語が生まれてくる。

 所謂「卵が先か鶏が先か」理論だ。

 井上さんは読書が趣味なようで、色んな世界にある物語もわざわざ取り寄せて読んだりもしているらしい。

 自分たちが対応した事案が物語になっていたりすると、世界の裏側を知っている者としては思わずにやけてくると言っていたのを覚えている。





「とにかく、井上さんの機転のお陰で思ってたより残業もしなくて済みそうだよ」

「後は2柱の方々の方針が決まれば、書類の手続きだけで済みますもんね」




 そんな話をしている間に、再び電話から内線の呼出音が鳴った。

 即座に井上さんが電話に出たので、俺は横で聞き耳を立てる。

 どうやら予想通り木村さんからの内線で、井上さんが言っていたような方針で決まったとの連絡だった。

 そうと決まれば手続きは早い。

 井上さんは自分で予想してたのもあり、召喚者運命調整許可書を作ってくれていたらしい。

 俺は井上さんからそのデータを貰い、事前に用意していた申請書と許可書のデータと共に木村さん宛に送った。


 ――余談だが、一応この事務局にもパソコンやネットワークは存在する。

 もちろん、事務局の組織としてそれを管理してくれているシステム管理部もある。

 日々青白い顔をしながら対応してくれるシステム管理部の人達には頭が上がらない。


 その後は流れるように手続きが進み、無事に全ての書類が通ったとの事だった。









「2人共お疲れ様。2人なら心配ないとは思ったけど、無事に手続きが済んで僕も安心したよ」

「課長、お疲れ様です。課長までわざわざ残って頂かなくても良かったのに」

「いやいや、万が一の時は上司である僕が出なきゃだからね」

「流石課長です。ありがとうございます」

「……ありがとうございます、課長」




 予想していたよりも時間はかからなかったが、無事に全てが終わった頃には、殆どの人が退勤している時間になっていた。

 残業する俺達の為に課長はわざわざ残ってくれたので、井上さんに続いて俺もお礼を述べる。

 課長は、差して問題ないというような表情で、当然の事だからねと返してくれた。

 ……本当に、こんな上司や仕事仲間に囲まれて良かったと心の底から思った。



 

 この異世界転生管理事務局には、創造神が自分の担当する世界からスカウトしてきた人材が集まっている。

 元の世界で偉業を成し遂げ天寿を全うした人、能力はあったがその世界での運命のせいでそれを発揮出来なかった人など様々だ。

 俺自身は、元の世界でブラック企業で過剰な業務をこなしてきたという実績を評価されたらしく、死んですぐにスカウトされたのだ。

 ……まあ、その過剰な業務をこなし過ぎた結果、若くして過労死したのだが。

 スカウトも初めは死んですぐだったこともあり、よく分からず不審に思っていたが、よくよく話を聞いたら自分を評価してくれているというではないか。

 前の職場では、評価されるどころか当たり前のようにこき使われていた俺は、それが嬉しくて二つ返事でこの仕事を引き受けた。

 今思えば、当時の俺に対してよくやったと言いたい。

 

 実際にここで働いてみると、大変な仕事も少なくないし、スカウトされたとはいえ業務上まだまだな部分が多いから、今回みたいに周りに助けられることの方が多い。

 正直、時々自分の出来なさに凹む自分がいる。

 けど、凹む分だけもっと頑張ろうと思えるし、何よりここで働いている今が一番楽しいと感じている自分がいる。

 おまけに、創造神が関わる仕事ということもあって人間関係含め職場環境はいいし、給料もいいし、何より人間ではなくなったから病気や寿命もほぼ無いようなものだし……と、ブラック企業で働いていた俺としては、高待遇に感じている。

 ちなみに、創造神様からのスカウト制だけど、その場で断ってもいいし、やってみて辞めたい時には辞めていい。

 しかも、創造神に引き抜かれるくらいの人材だから、次の転生先や転生する姿、転生時期も相談可能。

 逆に働きたければ何時までも働いていてもいいとのこと……これだけ聞くと何か裏があるのか疑ってしまうほどだ。

 勿論、ここで働く上での制約はあるし、何があった時にはそれ相応の処遇があるので、なんでもかんでも自由にはできない。

 俺自身は、今のところ転生したいとかもないので、頑張ろうと思えている今はこのまま仕事を続けるつもりだ。




 


「さて、2人はこのまま退勤するだろ?僕も退勤しようと思ってたから、予定がなければたまには3人でご飯でも行かないかい?僕で良ければ奢るよ……って、もしかしてこれ、パワハラになっちゃうかな?」

「いえ、是非ご一緒させて頂きたいです。課長がご飯に誘ってくれるなんて珍しいですし」

「僕も、是非ご一緒させてください」





 俺がブラック企業に勤めてた時の上司は、残業ばかりで退勤させて貰えなかったり、行きたくもない飲み会への強制的な参加があったりしたが、牛沢課長はそんなことはしない。

 何時も定時退社を促してくれるし、休暇が取りたい時にはちゃんと考慮してくれる。

 部下をこうやってご飯に誘うことも滅多にないのだ。

 それに一人一人の能力をよく理解した上で業務を振ってくれるし、何かの時にはきちんと俺達の上司として前に立ってくれる。

 牛沢課長だけではない、ここの上司は皆いい人達だ。

 審査管理課の加藤さんも、創造神に対しての愚痴は多いものの、その内容は部下を思って言ってくれる言葉ばかりだ。

 木村さんはそれを十分に理解してる反面、そんな加藤さんが創造神から何か言われてしまったら……と、気が気じゃなくなるらしいが。




 

「良かった……何処か行きたい所とか食べたいものがあれば遠慮なく教えてね」

「それじゃあ、私最近気になっている新しいお店があるんですけど……これなんてどうですか?」

「なになに……魔物料理!?こんな店いつ出来たんだ?」

「魔物料理かー。流石色んな世界のもの達が集まってる場所なだけあるねぇ……あれ、ここの店長、ここで前に働いてた人だよ」

「え、そうなんですか?」

 




 井上さんのスマホの画面には、お店の景観と共に店長の姿が写し出されている。

 確かに以前、別の部で見たことがある人だった気がしなくもない。

 ここを辞めて転生までに時間がある人は、こうやって店を出したり、何かを作り上げたり、自分のやりたいことに挑戦する人が多い。

 違う世界の文化に触れることができるのも、ここで働く利点かもしれない。

 どんな料理が出てくるのかを予想しながら、3人で退勤処理を行う。

 この仕事を辞めて転生を考えるのはまだ当分先になりそうだな……なんて頭で考えながら、課のフロアを後にし、本日の業務を終了したのだった。

 最後までお読みいただきありがとうございました。

 このお話を書くに当たって、事務局内の組織図を考えたところが一番の山でした……。

 もし、今後続編を書くとしたら、別の部署の話やメンシークの世界に召喚された3人のその後など、群像劇スタイルで書けたらなと思っています。

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