屁の元は騒ぎ出す(化学熱傷事件)
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(作中のタブレットキャンディは、ここではフリス○のようなものを想定しています)
「ちょっと!邪魔!さっさとどいてよ!」
会社の入り口入ってすぐの下駄箱前、作業用の保護靴に履き替えているところで、後から入ってきた保田が、先にいた二人に言う。
「…おはようございます…」
弱々しく答える高木は、目立たず大人しい。
「ふんっ!…あんたも邪魔」
下駄箱前にはもう一人、吉岡がいた。
「おはよ〜ございま〜す。急いで退っきま〜す」
そう言ってケースから取り出したミントのタブレットキャンディをパクリと口に入れる吉岡。
「そんなの食べてないでさっさと退いてよ!」
「なんか〜口に入ってると安心するんですよね〜。保田さんもどうですかぁ?」
「本当に人の話聞かないわね。あなたから食べ物もらったら、馬鹿がうつりそうで嫌」
吉岡を馬鹿にし、勝ち誇った笑みを浮かべる保田。
保田は、口を開けば嫌味を言う事で知られている。
それも、特に女性にだけ。
男性に対しては、クネクネと体を動かし「わたし、料理が好きでぇ〜」や「え〜!〇〇さんすご〜い!今度ご一緒させて下さ〜い!」などと言う。
男性でも、好みでない場合は対応が冷たい。
「御局」の名に恥じない御局振りで社内でも有名だ。
そんな保田の前に「吉岡という天敵が現れた」と周りは言い「御局 対 天敵」のやり取りを楽しんでいる。
皆「天敵」が最強ではないかと思っている。
「えー?でも、私と保田さんは同じ会社にいるんですから、私が馬鹿なら保田さんも馬鹿ですね〜?」
コロコロと口の中のキャンディを舐めながら、にこにこと吉岡が答える。
「ちょっと…吉岡さん言葉に気をつけなさい」
精一杯の応戦をする保田。
「えー?どの言葉ですかぁ?ん〜?「馬鹿」かなぁ?でも〜先に馬鹿って言ったのは保田さんなのでぇ、保田さん、馬鹿って言ったらダメですよ〜」
めっ!めっ!と言う吉岡の手を高木が引く。
「吉岡さん…もう行こう…」
高木は吉岡の手を引いて廊下を歩いて行った。
3年目の吉岡、7年目の高木、10年目の保田。
研究室のデスクも3人並んでいる。
ため息を吐く高木。
3つ並んだ机の真ん中が高木の席になる。
高木から見て、左隣りが吉岡、右隣りが保田となっていた。
下駄箱から、更衣室で白衣に着替える時、デスクに座っても、保田と吉岡は、そんな会話を毎日繰り返していた。
………
「痛いっ!」
ビーカーが割れる音と共に保田が叫ぶ。
「足が!足が!」
保田が倒れるようにしゃがみ込んで保護靴を脱ぐと…
足先が真っ赤になって皮膚がめくれていた。
化学熱傷。
かなり前から薬品に触れていたのだろう。
薬品による火傷の怖いところは、痛みを感じる頃にはかなり深い火傷になっている事だ。
火による火傷は表面から、薬品による火傷は深部から。
周りがあたふたとしている最中、吉岡が水がたっぷりと入ったバケツを保田の前に置く。
「よいしょっと。すぐにぃここに足突っ込んで下さ〜い、痛いけど我慢ですよ〜、高木さんは救急車呼んでくださ〜い、それと室長に連絡と警察も呼んでくださ〜い」
吉岡が、のんびりした口調だが的確な指示を出す。
唖然とし、動かない高木に「早くして!」保田が叫ぶ。
「そうですよ〜早くしてくださーい」
ハッとした高木が動きだす。
………
保田は救急車で運ばれて行った。
保田の指先は、強アルカリの苛性ソーダに長時間触れた事での「化学熱傷」で、場合によっては指先を切断するかもしれない重度のものだった。
保田の靴の中に、苛性ソーダが入っていて、保田は気がつかずに履いてしまったのだ。
鉄をも溶かす、強アルカリの苛性ソーダ。
通常は個体の苛性ソーダ。
使用する時は水で溶き、水溶液を作って試薬として使う。
警察が来て関係者から事情を聞く。
保田は朝から靴を脱いでいないと言っていた。
保田は、朝に苛性ソーダを使った仕事をしていたので、気が付かないうちにそれが落ちて靴に入ったような「事故」なのか、誰かが故意に入れた「事件」なのか。
そこが焦点になった。
朝から靴を脱いでいないので、下駄箱付近にある防犯カメラを観てみる。
まず、最初に入って来たのは吉岡だった。
吉岡は入り口入ってすぐ、カバンの中に手を入れ、何か取り出した。それを手の平に出す仕草をしたところで、高木が入って来た。
俯きながら入ってきた高木は吉岡にぶつかる。
吉岡は持っていた白い何かを落とし、入り口付近にばら撒いた。
ばら撒かれたのは、どうやらタブレットキャンディのようだった。
謝りながら一緒に拾う高木。
下駄箱に並んでいる靴の中も見ている。
誰かの靴からポロリと白い何かが落ちるのが画面でも確認できる。
ペコペコと謝る仕草を見せる高木と、気にせず拾う吉岡。
しばらく二人は下駄箱の前で落とした菓子を拾っていた。
するとそこに保田が来て、二人に話しかけながら自分の靴を履いて、二人から離れて行った。
ここから靴を脱いでないと言うなら、容疑者はこの二人になるだろう。
急に高木が話し出す。
「…きっと、きっと、吉岡さんが犯人です。そのキャンディが怪しいと思います。今朝キャンディを溢した時に、保田さんの靴に入れたんじゃないでしょうか?」
高木の事を見ていた周りが、一斉に吉岡を見る。
「え〜?私は〜高木さんが犯人だと思っていますよ〜?」
当然、どちらも自分ではないと主張するだろう。
今回の現場を担当した警部が問う。
「あなたは…吉岡さんですか?どうして高木さんを犯人だと思うのですか?理由を聞かせてもらえますか?」
皆が注目する中、吉岡が頷き、答える。
「だってぇ、屁の元は騒ぎ出すって言うじゃないですか〜、今の発言、屁の元っぽくないですか〜?」
静まり返るその場に一人の警官が入ってきた。
「警部、吉岡のバッグから、タブレット菓子の容器に入った苛性ソーダが出てきました。これで持ち運んだ可能性も考えられます」
「ほらやっぱり、証拠が出たなら吉岡さんが犯人ですよね?」高木が言う。
「これだけでは犯人と決める事は出来ませんが…有力な証拠ですね」
「え〜、それ、私のじゃありませ〜ん。だってぇ私のキャンディケースはオーダーメイドですよ〜?キラキラですよ?毎日五つは持ち歩いているのに〜、それだけ普通のなんておかしくないですかぁ〜?」
警部が頷くと、警官がずらりとキラキラとデコレーションされたタブレットケースを五つ並べ、そこに市販のキャンディケースを置いた。
「そ、そんなの関係ないじゃないですか!苛性ソーダを入れるためにわざと市販のものにしたのだと思います!」
よく喋る高木に、皆が「やはり屁の元は…」と思い始めたその時、吉岡が口を開いた。
「ん〜…ん〜…。わかった。高木さんのポケットか、袖口調べてくださ〜い。ビニールかなんか見つかりませんかぁ〜」
それまでの勢いはどこへやら高木は手を背後にまわす。
「…やめて。そんなのないわ…」
警部が聞く「袖口?どういう事ですか?」
「え〜?だって使われた薬品は苛性ソーダですよね〜?とぉーっても水分吸いやすいんですぅ。空気中の湿気でも潮解してすぐベタベタになるんですう。紙でくるんで持ち運んでも、湿気吸って溶け出したらぁ、自分もアウトなんですよ〜?
キャンディケースに入れてもぉ、必要な時に解けていたら意味ないじゃないですかぁ?
私が犯人なら〜ビニールに入れるとか〜、密閉容器とかで持ち運びますぅ。
なのでぇ、下駄箱で保田さんの靴に入れたならぁ、ビニールに入れて袖口かどこかに隠したのかなぁ〜と思って〜。
それとぉ、保田さんの靴に入っていた苛性ソーダはぁ、たぶんフレーク状ですよ?
会社で使う物は粒状ですぅ。
朝〜下駄箱で苛性ソーダをいれたならぁ、粒状だったら保田さんすぐ気づいちゃうと思うんです〜。
だってぇ粒踏んだら痛いですよねぇ〜?痛っ!ってなりますよねぇ?フレーク状なら痛くないし〜気付かれにくいのと〜、近所の薬局で買えますよぉ?ハンコと身分証明書が必要なのでぇ、そこら辺調べたら購入がぁ、わかると思いまぁす〜」
そう言って吉岡はミントキャンディをぱくりと口にした。
捜査員が高木の袖口を調べると、少しほつれた袖口の中に小さなビニールが仕込まれていた。
ビニールに残っていた少量の粉を調べた結果、苛性ソーダだった。
高木が一気に話し出す。
「…いい気味よ!あの女、これで会社に来れないでしょう!…毎日毎日7年よ!7年もずっとあんな感じよ!隣りの席があの女よ?わかる?ほんっとうるさいのよ!吉岡さんだってあの女の事嫌いじゃないの!?」
大きな声に目を丸くした吉岡が言う
「私はぁ、好きも嫌いもないですよ〜?みょうがと同じですぅ」
みょうが?
その場にいた全員が、右側に首を傾げた。
「そうめん食べる時〜、あってもいいけどぉ、なくても困らないかなぁ〜って」
………
長年保田に嫌味を言われ続けた高木は、我慢の限界だった。
毎日吉岡が食べているタブレットキャンディが、苛性ソーダの粒に似ていると思い、犯行手口を思い付いた。
必ず一度下駄箱の所でキャンディを食べる吉岡にわざとぶつかり、キャンディを落とさせる。
バラバラと落ちるキャンディ。
落ちたキャンディを拾う振りをして、袖口に隠しておいた苛性ソーダを保田の靴に入れたのだった。
そうとは知らず、保田が苛性ソーダが入った靴を履く。
保田の足先の汗、つまり水分と反応して、ゆっくり溶ける苛性ソーダ。
靴下に染み込み、主に爪先に化学熱傷を負わせた。
保田は3ヶ月の入院、その後退職すると伝えてきたそうだ。
逮捕された高木は、大人しく聴取に答えているという。
捜査を撹乱するため、吉岡のカバンに用意したキャンディケースを入れた事も自供した。
「まさかキャンディケースがオーダーメイドだとは思いませんでした。しかもカバンに5個も入っているとは…」そう呟いたそう。
研究室から同時に二人も人員が減ったが、仕事は吉岡一人で問題なくこなせているそうだ。
もともと優秀だった吉岡だが、保田が無駄に話し掛けるせいで仕事効率がとても悪くなっていただけだった。
黙々と仕事をこなす吉岡。
黙っていても、喋っても「最強」と言われている。
拙い文章、最後までお読み下さりありがとうございます。
苛性ソーダの事故を調べていたら、なんと、あの!「見た目は子ども、頭脳は大人」の、子どもも謎解きしていると知りました。
私は「見た目は大人、頭脳は子ども」なので、親近感がありました。
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