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輪廻の狭間 (『夏のホラー』投稿作品集)

吾輩はラジオであるが。

ラジオは、当時最新式トランジスター・ラジオ。



 02時45分


田舎の一軒家の二階の畳の部屋。


そこで少女は眠って居た・・・が、ふと目が覚めた。


すると、敷き布団の上でタオルケットを体に掛けて寝ていた枕の上(平面的な上)で、黒い(暗いけど少女はこのラジオの色を知ってるので)ラジオから脚が生え、畳の上に立って居た。


ラジオは言った。

「吾輩はラジオであるが・・・。」


少女は『自分は寝ぼけてるのだ』と思い、再び眠りに就いた。




午前6時半。


先ほどの黒いラジオから、大きな音で、テンポの良いリズムの〔ラジオの体操〕が聞こえてきた。

その音で目覚めた少女は寝転んだ体制の頭上(平面的に頭上)から聞こえる音の方向を平面的に見上げた。


すると畳の上では、手脚の生えたラジオが「はい!いちっ!にっ!さん!し!」と、スピーカーから流れるオッサンの掛け声とリズミカルなピアノの音に合わせて〔ラジオの体操〕を元気良くしてたのだった。


「これが本当の〔ラジオの体操〕だって言うの・・・。」


怪訝な表情から不機嫌な表情へと変わった少女はそう言って、ラジオのスイッチを消したいと思ったのだが、〔ラジオの体操〕をするラジオの姿が気持ち悪過ぎて手を伸ばす気になれず、タオルケットの中に頭を潜らせて三度眠みたびねむった。


 


午前7時半過ぎ。


暑くなり始めた部屋の温度に耐え切れなくなった少女は、ついに本当に目覚めた。


「あ!そうだ!!」と、一人で声を上げた少女は、寝ころんだままの体制で、畳に置かれていたラジオを見上げた。

すると、ラジオは静かにそこに在った。


「ラジオに手足が生えて〔ラジオの体操〕をするとか・・・私ってば、目覚めの悪い夢を見たものね・・・」


少女は、自分の独り言の様にして、又も動き出すのではないのかと思ったラジオに向かって、とどめの様にそう言った。


そうして暫しラジオを見詰めて居た少女は、そのラジオが動かないのを確かめると、仰向けになり「ふぅ・・・」っと安堵のため息を吐いて目を瞑った。


それから少しして目を開き起き上がると、エアコンの無い部屋の暑い空気を入れ替えようと、夜の間は網戸の付いた窓を開けていたのだが、それとは引き戸を逆に引き反対側の窓を全開にした。


「この時間なら、まだ虫も少ないから、部屋から青空を見上げるのに良いよね・・・。」


そうしてパジャマ姿の少女は、普段は灰色の網戸越しに観てた外を、窓枠に手をついて少し身体を乗り出す様にして部屋からの景色を楽しんで居た。


しかし、少しして突然に階段の下の一階から母親の声で「いつ迄寝てるのー!?夏休みだからって、そろそろ起きなさーい!?」と呼ばれて「とっくに起きてるよー!」と、少女は部屋のドアに向かって叫んだ。


「それなら下りて来なさーい!目玉焼きも、味付け海苔も冷めちゃうからねー!」


母親のその声に。

「目玉焼きはともかく、味付け海苔は冷めないって・・・」


そう言ってクスリと笑った少女は、部屋のドアを開け一階への階段をテンポ良く下りて行った。




部屋の中には、真夏の濃い緑の匂いが混ぜ込まれた風が吹き込んだ・・・。


その風をスーッと吸い込む呼吸の音がした。


それはラジオのスピーカーからだった。


「いい匂いだ・・・。夏の・・・そう、この家で感じる50回目の夏の匂いだ・・・」ラジオは雑音の混ざった声でそう言うと、ニョッキリと手足を生やした。


そして、右手でアンテナを立て、その先を掴み、腕を伸ばしてアンテナも伸ばした。だから腕は随分と伸びた。左手はラジオの受信周波数を合わせるダイヤルを掴み調節し始めた。

すると、いくつかの放送局の番組が雑音の間々《あいだあいだ》に流れたが・・・やがて雑音の無い無音のバンドに合わせた。


「さて。これであの娘とも話せるけれど・・・。吾輩が話せると知らないままの方が、あの娘の幸せってもんだろうな・・・」


ラジオはスピーカーの音声でそう独り言を呟くと、ピョンっと開かれた窓の枠に飛び乗った。

それから、そこから夏空を見上げた。


そして、ラジオは振り替えり部屋の中を見渡し、そしてラジオは、誰も聞き手が居ない部屋に向かって語り出した。


「吾が輩はトランジスター・ラジオとして生まれ、近所の電気屋で買われてこの家にやって来た。そして、50年もの長きに渡り、この家でお世話になった。思い返せば、今はな亡きショウジが聴いてた、昔々の堅苦しいラジオ番組も悪くは無かったが・・・。タカシ・・・お前と過ごした深夜のラジオ番組を聞いては、お前がハガキを投稿しまくってた頃が、一番楽しかったな・・・。残念だが、お前の娘はスマホばかり弄って、ラジオを聴いてくれる事は滅多に無い。1ヶ月前に、たまたま押し入で眠ってたオイラを見付けて、この部屋に出してもらえたものの・・・な」


手脚の生えたラジオは、ヤレヤレと言ったポーズをとった。

それから窓枠から外へと向いた。


そして、ラジオは・・・。

夏の青空をじっと見上げた黒いトランジスター・ラジオは・・・。

もう一度振り返って、さっきまで少女が寝ていた布団が敷かれたままになっている畳の部屋を見渡した。


「吾が輩は、吾が輩をラジオとして楽しんでくれる奴を探すとするぜ」

ラジオは、そう言って夏空を見上げた。


「さらば・・・我がふるさと。さらば・・・我が青春。さらば・・・さらばだ・・・タカシ」


ラジオは、音も無く空へと舞い上がった・・・。


そして、ただひたすらに小さくなって・・・。


黒い点にしか見えなくなって・・・。



やがて・・・夏空に溶け込む様に。




消えて行った・・・。





    終わり


読んで頂けて幸いです。

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