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目的

説明回にして第一章完結


「さて、ここからは真面目な話だ」


 葦高、恋鐘、清史郎、夜鷹。彼ら四人の真向かいに改めて腰を下ろした周防正彦の言葉で、それまで漂っていた取り留めのない空気に一本の筋が通る。

先ほどまで笑顔で談笑していた藍子も父と同じように凛とした表情を形作っていた。


「君たち三人、いやこの場合四人と言った方がいいかな。

君たちに頼みたいのは『黄泉がえりの縁』と言い伝えられる秘宝だ。

これは選別の時に話したね」


 各地の伝説やお伽噺に言い伝えられる死者蘇生の秘宝。

その正確な姿どころか実在しているか否かさえ判明していない宝を広大な豊島の地から探さなくてはならない。

冷静に考えずとも不可能と断じれるその任を告げられているというのに、

葦高、清史郎、夜鷹の三人は困惑も動揺もせず、話の続きを促すように口を閉じている。


「その様子だと、初めからこの仕事が秘宝探しだと知っていた口かな?

人を集める時には『腕に覚えのあるものに頼みたい失せもの探し』とだけしか言わなかったんだけどね」


 実際に葦高が見た町の御触書に書かれていた仕事の情報はその程度。

報酬金の額すら書かれておらず、後は集合場所と日時が書かれていただけ。

布津母領の多くの町に手広く触書が出回っていたとはいえ、

集合場所が役場である奉行所でなければあれほどの人数は集まらなかっただろう。


 周防の問いかけに最初に応じたのは清史郎だった。


「僕は実家が割と(まつりごと)に近かい位置にいたので、

こういった仕事の噂はよく聞くんですよ。

仕事の内容が非常に困難であることはその時耳にしました」


 清史郎の実家である久世家はかつて布津母の懐刀と言われた名門だった。

豊島統一以後は公な権力こそ多く失ったが、それでも布津母の統治に携わるものたちに今でも顔が利く。

ゆえに清史郎は今回の仕事が政治的な意味合いを持つことも察していた。


「僕としては剣を振える仕事であれば背景事情なんてどうでもいいことなんですが……聞くにこの仕事、探し物を探している(・・・・・・・・・)という事実にこそ価値があるのでしょう?」


 特に大した興味もなさげに言う清史郎だが、その指摘は間違っていない。

周防は人の口の戸の立てられなさに呆れ交じりのため息をついた。


「そこまで知っているのなら隠すこともないね。

確かにこの仕事にはしち面倒くさい政治が絡んでいる」


 この秘宝探し、要は(みかど)のご機嫌取りなのだ。

現在、都の豊斉におわす帝は死期が近い。理由はなんてことはない、ただの寿命。

それは百姓であっても帝であっても避けられない天命。

違いはその死後にもたらされる後継からの恩恵の大きさだろう。


「始まりは豊斉の誰かが言った一言。

『帝を真に敬う我らが帝を死から救う秘宝を見つけ出す』とまあ、

ありていに言えば胡麻をすったわけさ」


 もちろんそんな眉唾な話を本気でしたわけではない。

『それほどまでに自分は帝の死を惜しんでいる』と、

たとえ話に近い言葉で帝の、なによりその後継である息子の心象を得ようとしたのだ。


「だがどういうわけか帝がその話を本気にしてしまってね。

事が事だから公にはならないが、豊斉の中でその話が徐々に大きくなり

それ以降死者蘇生の秘宝を探すこと(・・・・)こそが忠心の証明とも言える状態になってしまったわけだ」

「それを聞きつけてた布津母のお偉いさん方が、大慌てで同じことをさせようってわけですね」


 清史郎は納得がいったように頷いたが、恋鐘は話の流れが理解できないのか頭に疑問符を浮かべている。

その様子を察したのか夜鷹が横から話を要約するように口を挟んだ。


「つまり布津母のお偉い様方は、現帝が崩御なされた際に

豊斉から『あなた方は帝の死を遠ざける努力を怠ったのですか?』と言われたくないのでしょう」

「なるほど。要は仲の悪いものから悪口を言われたくないということじゃな」

「統一が成されたとはいえ豊斉と布津母は元来敵国。

属領となった今もなるべく弱みを見せたくないのでしょうね」


 秘宝そのものより、それを探している事実に価値があるというのはそういうことだ。

元より誰も死者蘇生を成す秘宝の存在など信じていない。

だが、存在しない秘宝を探し回らねば後々くだらない難癖をつけられるかもしれない。

ならば無意味な失せもの探しもやるほかなし、とこのような仕事が出来上がった。


「そういう夜鷹君はどうやってこの仕事が秘宝探しだと知ったんだい?」

「私も人伝に聞いたという点では清史郎様と大した違いはありません。

布津母には親切な殿方がたくさんおりましたから」

「なるほど、そういった手法は美人の特権だね」

「恐れ入ります」


 そう言って妖艶に笑う夜鷹。

その名が示す通りの行動で日銭を稼いでいたのなら、なるほど確かに口の軽い親切な男は多くいただろう。


 そして最後の一人、先ほどから一切の反応を示さない葦高へと周防は同様の問いを投げる。

だが以外にも彼の返答は素早く、そして明確だった。


「人間死を前にすれば大抵のことは喋る。

その中に今回の内情を知る者がいた。それだけのことだ」

「まあ確かに、君に命乞いをする人は多そうだ」


 葦高の発言は殺人を仄めかすようなものだったが、元より大勢の死人を出すことを前提とした選別を取り仕切ったものと生き残ったものの集まりだ。

今更そんなものを気にするものはこの場にいない。


 そもそも顔に麻布を巻き、ぼろぼろの薬箱を背負った奇妙な男。

加えてこれまでのような不遜な態度とくれば余計な因縁をつけられることも、その後の結果も想像に難くない。

周防は納得したように腕を組んで頷いていた。


「それで?」


 と、そんなやり取りの中、葦高の刺すような声が周防から話の主導権を奪う。

質問を投げるばかりでなかなか話を進めようとしない態度に業を煮やしたのだろうか、

その声はある種脅しに似た色を含んでいた。


「先ほどの貴様の話。まるで『真に秘宝の存在を信じるものなど誰もいない』といった風な口ぶりだったが、

よもや同じ穴の狢ではあるまいな。周防正彦」


 突きつけられたその声は刃だった。

返答次第ではこの場で殺す。彼はそう言っている。

表情どころか目すら見えない葦高の顔だが、その声は彼の心情をくみ取るには十分だった。


「つまり君は信じているわけだ。この眉唾な秘宝の存在を」


 その返答は葦高の望むものでなかったのだろう。

胡坐をかいて周防の正面に座っていた葦高の姿が掻き消える。

それは清史郎との戦いで見せた、素早さという概念を超越した移動速度。

この場にいる誰もがその軌跡を追うことができない。


「回りくどい貴様の言に付き合う気はない。二度はないぞ」

 

 再び葦高の存在を認知させたのは周防の背後から呟かれた声。

上座に座る周防の背後にしゃがんだ葦高はその手を彼の首にかけている。

否、彼はすでにその首を握りつぶそうと超密度の握力をかけていた。


 だが周防の首は折れない。

彼は葦高の姿が掻き消えた瞬間に展開した結界によって辛うじて奇襲から逃れていた。

だかその防御も絶対ではない。

淡く発光する光の膜は、食い込んだ葦高の指先から徐々にひび割れ始めていた。


「お父さん!」


 事態の急変をおそらく一番最後に認識したであろう藍子が思わず立ち上がろうとするが、他でもない周防自身が無言でかざした手によってそれを制止する。


 自分が招いた客人、それもこれから仕事を託そうという男に生殺与奪と握られている。

だというのにその面持ちは緊張とは程遠い穏やかさだった。

むしろこの展開を待っていたとさえ言える喜びさえ伺える。


「葦高君。僕は信じるという言葉があまり好きじゃなくてね。

そういう意味では、秘宝の存在を信じていないと言えなくもない」


 二度目はない。そう言った葦高の言葉は脅しではない。

彼の手は本気で周防を殺す気でいるし、周防もそれを理解している。

だというのに迂遠な話し方は変わらない。


「だが最初から秘宝の存在を否定してかかる愚か者かと聞かれれば

答えは否だ」


 そう言い放つ周防の声は、これまでのどの言葉よりも真摯なものだった。

選別の際に初めて姿を現して以降掴みどころのない言動を振りまいてきた彼だが、その言葉の中には歪みのない一本の線が通っている。


「つまりなんだ。簡潔に話せ」

「いずれ結論を出す気ではいるが、現状入手した過去の記録だけでは限界がある。

ゆえに必要なのが現地調査だ」


 それまでのらりくらりと陽炎のように揺らいでいた男の瞳に帯びるのは知的欲求という狂気。

古より伝えられてきた秘宝の実在証明という野望。

帝へのゴマすりのために絵空事を追いかける男の目では断じてない。


「安心するといい葦高君。僕も、そして僕の雇い主も本気で秘宝を見つける気でいる」


 その言葉を聞き届けた後、ややあって葦高の腕が周防の首から離れる。

ひとまずの命の安全に安堵の表情を見せることもなく、立ち上がった周防は背後に立つ葦高へと向き直る。

麻布で覆われた顔からは相変わらず表情を読み取ることはできない。

しかし先ほどの行動が何よりも雄弁に語っていた。


「僕も、その雇い主も、事情は異なるが心から秘宝の発見を願っている。

そして、それは君も同じなようだ」

「無論だ。秘宝は俺が手に入れ俺が使う。他の誰にも渡す気はない」


 隠す必要などないとばかりに堂々と公言するその目標は先ほど説明された秘宝探しの目的から大きくズレている。

仮に黄泉がえりの縁が見つかれば、それを使用するのは帝である。

今の放言を下手に口外すれば不忠を理由に首を落とされてもおかしくない。

だというのに周防の反応は薄い。まるで特に問題とも思っていないように。


「心配しなくても僕がこれまで入手した情報は提供するよ。そのための準備もある。

実際に見つかった時は僕の目の前でさえあれば使ってもらって構わないよ」


 あろうことか秘宝探しの根本的な理由を完全に無視する葦高へ同調する周防に思わず声をかけたのは清史郎だった。


「え? いいんですか周防さん。この人秘宝自分で使うって言っちゃってますけど」

「僕は別に構わないよ。僕にとっては秘宝が実在しているか否かが重要なわけだしね。

ただ僕の雇い主は見つけた秘宝を政治に使いたいみたいだから、その辺を自分で片付けてくれればどちらでもいいさ」

「け、けっこう適当なんですね……」

「当たり前だろう。そもそもがお伽噺の宝探しだよ? こんなのは仕事にかこつけた趣味だよ。趣味」


 そうにこやかに告げる周防に清史郎は苦笑いを返す。

こと戦いに関しては狂気的な情熱を見せるこの青年だが、それ以外の事柄に関していえばある意味一番の常識人なのかもしれない。


「しかし葦高君もいきなりな男だね。口よりも先に手が出る性質かい?」

「先日俺に攻撃を放った男が何を言う。痴れ者めが」

「それ君が言うかい?」


言質をとった時点でとりあえずの納得を見せたのか、葦高はすでに周防から離れていた。

霧散していく殺伐とした空気の流れに乗るように周防は仕事の前に欠かせない話題を取り上げる。


「仕事のいいところは予算が出ることだ。

季永すえなが君……僕の雇い主から引っ張ってきたばかりだから出発前に色々準備しておくといい」


 周防の懐から取り出されたのは一目でその重量感が伝わる大きな銭袋。

あれほど膨らんだ銭の山があればしばらくは遊んでいられると、俗な考えを持つ者がこの場にいればそのように思っただろう。

そんな銭袋を周防は夜鷹へと差し出した。

金銭管理を行うに三人の中で適任、というよりも消去法で管理を任せようと思ったのだろう。


 しかし夜鷹は差し出された銭袋を一向に受け取ろうとしない。

そして申し訳なさそうに口を開く。


「申し訳ございません周防様。その銭袋ですが投げ渡して(・・・・・)いただけませんか?」

「……どういうことかな?」

「大変失礼なことだとは重々承知の上なのですが、私は安易に他人に触れることができぬ身なものですから」


 その言葉に周防は選別の際に夜鷹が言っていたことを思い出す。


「『身体に触れてきたものは必ず殺す』と、確かそう言っていたね」

「はい」

「結構」


 その真意を周防は特に詮索することもなく、彼の腕から投げ渡された銭袋は放物線を描き夜鷹の手へと収まった。


「確かにお預かりいたしました」

「給与については両替商経由で活動資金扱いで支払う。成功報酬に関しては相応の金と地位を約束しよう。といってもそんなものに興味がありそうな人はいなさそうだけど


 夜鷹の懐に活動資金が納められたことを確認すると周防は最後のまとめとばかりに手をたたく。

経緯説明は終わり、後は具体的な仕事内容の説明。

といっても、それも先ほど話したことと特に変わりはない。


「君たち五人にはこれから黄泉がえりの縁その逸話が残る地を巡る旅をしてもらう。

中には危険な地帯もあるがその辺は心配していない。

経過報告だけ忘れないように頼むよ」


 これまで周防が手に入れた黄泉がえりの縁について書かれた数々の記録。

その一つ一つに記された地へ赴き手掛かりを探る、行ってしまえば総当たり。

記されている地は布津母にとどまらず、豊斉、戸室、佳津真と、豊島全国に及んでいる。

全てを巡るとしたら、その期間は膨大なものになる。

だがそんなことに不満を抱く者はいない。

だが疑問を抱く者はいた。


「……五人?」


 死者蘇生の秘宝を求める旅はこれより始まる。

それぞれの胸に秘めた想いと狂気を宿して、彼らは未開の地へと歩を進める。

その先にあることごとくを殺し、奪い、蹂躙しながら。


 これはヨウガイから人々を救う英雄譚ではない。

 これは欲望に飢えたバケモノたちが織り成す血染めの流離譚である。


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