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秘密


「……なんのつもりだ」

「何度も言わせないでくれ、ここまでだと言ったんだ」


 清史郎を絶命させるべく胸元に伸ばされた葦高の腕を握る周防。

一体いつの間に戦闘中の二人に忍び寄ったのだろうか。

痩せ型の風体にも関わらず、腕を締め上げる力は果てしない。

葦高が常人離れの頑丈さを持ち合わせていなければ瞬く間に紙屑の如く握りこまれていただろう。


「言ったはずだよ。『この中から強きもの三人(・・)を選出する』と」


 見れば先ほどまで悲鳴と絶叫が木霊していた広場が静まり返り、女に群がっていた男たちすべてが物言わぬ血と肉隗に変じていた。

誰の仕業であるかは言うまでもない。


 惨劇の主催者である女は血だまりの中より朱い足跡を残しながら静々とこちらにやってくると周防に向けて深々と頭を下げた。


「申し訳ございません、周防様。なにぶん、一度始まると抑えが聞かない性質なもので……」

「謝ることはないよ。僕が実力を示せと言って、君はそれに応えた。なにも間違っちゃいない」


 周防のその言葉に顔を上げる女の顔は澄んでいる。

殺しの罪悪や血への嫌悪といったものは、美しい彼女の顔に存在しない。

なるほど確かにこの状況で、女は己の戦闘能力と精神力の両方を雄弁に示したと言えるだろう。


「そして君たち二人もね。あれほどの激闘を見たのは久しぶりだったよ」


 そう言った周防が手をたたくと彼の手のものだろう数人の男が現れ、倒れる清史郎を囲むように立つ。

葦高につけられた傷による出血は凄まじく、彼は既に意識を失っていた。

にもかかわらず男たちは慌てる様子ひとつ見せず、数人がかりで清史郎は奉行所の中へと連れていかれたのだった。


發號(はつごう)か……まさか自己流で淨體因子(じょうたいいんし)をあれほど使いこなすとは。恐ろしい拾い物をしたもんだ」

「あの傷では最早助かるとも思えんがな」

「うちの術者は優秀だからね。あの程度、明日には治ってるだろうさ」


 あっけらかんと言う周防。

あれほどの重症であったにもかかわらず一切の心配をしていないところを見るとなにか当てがあるらしい。

自分の眼鏡にかなったものをみすみす死なせるほどこの男は能無しではないと葦高は漂う気配から感じ取っていた。


「……さて、わからないのは君だ」


 ここからが本題とばかりに周防が葦高へと向き直る。それは観察の目だった。


「……私はある程度この世の理について理解を深めている自負がある。

こと戦闘における呪法なんかは特にね」


 彼は好奇心が満ち満ちた目を見開き、眼前に立つ葦高をまじまじとのぞき込む。

その口調は穏やかなものだったが食い入るような視線は暴力的ですらあった。


「あの剣士君は言わずもがな、そこの美人さんの力もこの選抜での戦いぶりでおおよその検討は付いた

……だが、君の力は一体なんだ」


 鋼の刃を肉体で受け止める堅牢さに、清史郎の發號を真正面から打ち破った力、そして既に傷が塞がっている(・・・・・・・・)斬られたはずの肩口。

その正体。お前の全てを知りたい。全てを暴きたい。曝け出したい。引きずり出したい。

周防の発するたった一言からそんな欲望が漏れ出る。

だが求められるままに与えるなどという慈悲深い心を葦高は持ち合わせていない。

ゆえに提示したのは話を切り上げるための真実には程遠い答え。


「あの餓鬼が言っていただろう。豊斉で開発された秘術七財(しちざい)だ」

「いや、それは違う」

「……そう断言する根拠は?」


 そんな葦高の答えを見透かしていたかのように周防が放ったのは言葉ではなく、不可視の斬撃だった。


 微塵も身体を動かさず、そもそも周防は刃を持った武器の所持すらしていない。

それはまるで大気をそのまま刃に変じさせたかのような一撃。


 うねる空気が不気味な音を立てながら、放たれた斬撃が葦高の頭部を縦に両断しようというその瞬間。

直撃とともに不可視の刃は先ほど清史郎が放った斬撃と同じように消失していた。

その結果に満足したように周防は口端を吊り上げる。


七財(これ)を開発したのは私だ。

だから解る。あの力は僕たちのものとは根本的に異なるものだ」


 突然向けられた攻撃に対して葦高は驚きも、怒りもしない。

ただ不愉快そうに、自分の懐を探ろうとしてくる無遠慮な男の態度に眉を顰め舌打ちをするだけ。

その面持ちに殺意はない。


「まあ、その点はおいおいでいいさ。これにて選別は終了。

明日の朝に使いを送るから私の屋敷へ来てくれ。仕事の詳細はそこで説明しよう。

それまではどうぞお二人で親睦を深め合ってくれたえよ」


 問いただすことは不可能だと見切りをつけたのか周防は葦高にあっさりと背を向けると奉行所へと戻っていく。

その足取りは軽やかで、まるで思いもよらぬ所から菓子を見つけた子供のような浮かれぶりだった。

同時にそれまで閉じていた奉行所の正門が封を解かれたように解放される。

あとはご自由にということなのだろう。


「……随分と変わったお方のようですね」

「いつの世もあのような類の輩はいるものだ。珍しくもない」


 周防が姿を消したのを見届けた頃合いに口を開いたのは、先ほどまで口数少なだった女。

見れば数十人の男を殺したにも関わらず一滴の血も浴びていない。

奇妙な装束も相変わらず異彩を放っているが、一目見ただけでつい先ほど男の首をねじ切ってきたとは思われまい。


「なんだ、俺になにか用でもあるのか?」

「これより仕事を同じくするお方ですから。まずはご挨拶をと思いまして」


 高圧的な葦高の態度に今更物怖じするはずもなく、外見的な美しさに違わぬ口調と作法で挨拶を交わす女は名を名乗った。


「改めまして。葦高様、この度は何卒よろしくお願い申し上げます。

(わたくし)のことはどうぞ夜鷹(よだか)とお呼びください」


 夜鷹。それが本名でないことは誰の耳にも明らかであろう。

広い豊島の国。珍妙奇天烈な名前を持ったものは幾人もいようが、自身の娘にこの名前を付けようという親はいまい。


「自分から最底辺の遊女を名乗るとは。さては貴様、変態か」

「私という人間を示すに相違ない呼称だと自覚しています。どうぞ気兼ねなくお呼びください」


 その言葉が屈折した自虐によるものなのか、はたまた言葉通りの意味に過ぎないのかは知れないが、そんなことよりも葦高の興味は別にあった。


「貴様……」

「夜鷹、と、そうお呼びください」

「……夜鷹、貴様が男どもを殺しまわっている間、その身から人外の気配を感じた。

今は何も感じんが、あれは間違いなくヨウガイのものだ。どういうことか説明しろ」


 人外という枠で言うならば清史郎の実力は間違いなく人ならざる域へ達しているが、その根源にある力は人の枠内に収まっている。

ゆえに彼との激闘の中で漂ってきたヨウガイの気配、その発生源は目の前の女に他ならない。


 夜鷹はその問いかけに驚いた風でもなく、ましては慌てて否定するようなこともしない。

だが反対に肯定するでもなく、そもそも口を開きも、うなずきもしない。

端的に言えば葦高の問いは完全に無視されていた。


 先ほどまでの礼儀正しいやり取りを覆すかのように夜鷹は素知らぬ顔で葦高の顔を見るばかりで返事をしない。

最初は返答に迷っているのかと勘ぐっていた葦高だったが、そのすまし顔がいつまでも崩れないさまを見て次第に苛立ちを募らせた。


「おい……」

「……私は貴方に名乗りました。私は葦高様からまだ名を聞いておりません」


 ゆえに再度声をかけたが、黙っていた夜鷹の声が葦高を閉口させる。


「……今自分で俺の名を呼んだだろうが。なぜ改めて名乗る必要がある」

「葦高様本人からはまだ名乗っていただけていません。名前は己を表す大切なものです。

差し支えなければ葦高様ご自身の口からお聞かせいただければと……」

「自分は夜鷹などと名乗っておきながらいい加減なことを……」


 自らは明らかな偽名を名乗っておきながら、人には直接なお名乗れと臆面もなく言ってのける。

そんな所業にわずかな怒りがわかないわけでもなかったが、面持ちを見るにその心根は頑ななようである。

このような対応をとられたのは久方ぶりだったこともあり、葦高はやや興を削がれつつも名乗り返した。


「葦高、ただの葦高だ。これで文句はあるまいな」

「はい葦高様。改めてよろしくお願いいたします」


 葦高の名乗りににこやかに応える夜鷹。

その和やかな雰囲気が増すほど、先ほどの殺戮を引き起こした人物像との乖離が激しくなる。


「名を名乗ったのだ、これで満足だろう。先の質問に答えろ」


ゆえに改めて葦高は、夜鷹が振るった力の正体に迫ろうとするが、

微笑みを湛えた夜鷹は答えを示す代わりに質問を投げ返してきた。

否、夜鷹にしてみればその問いが返答ということなのだろう。


「葦高様。不躾でなければひとつお伺いしたいのですが」


 選定に生き残った三人の内、今奉行所の広場に立ているのは葦高と夜鷹だけ。

清史郎は運び出され、雇人の周防も姿を消した。後に残るは有象無象の死体のみ。

この場にいる(・・・・・・)生者は二人だけ(・・・・・・・)

なにを問われても、なにを聞かれても、この会話が第三者に漏れる心配はない。

だからこそ夜鷹は釘を刺すようにこの問いを投げたのだろう。


「先ほどお連れになっていた娘様は、一体どちらへ行かれたのですか?」


 夜鷹の前で葦高の名を口にした童女、恋鐘。

葦高と共に奉行所へとやってきた彼女の姿がいつの間にか(・・・・・・)掻き消えている(・・・・・・・)

選定が終了した時点で生き残っていたのは周防を除き三人。

その後周防の退場と共に正門が開け放たれるまで、どこに隠れることも逃げることもできなかったはず。

だが実際に彼女は広場のどこにもいない。


「清史郎様は、いささか血の気が多い方のようでしたからまだしも、

初めから私たちを観察なさっていた周防様までもが消えた参加者に対して一切の言及をしないとなるといささか不自然。

なにか秘密がおありなのでは?」


 葦高は答えない。その反応こそ、夜鷹の答えでもあった。


「素性もわからん相手に、公言できる秘密などないということか。道理ではあるが、癪に障る女だ」

「女には秘密が多いものです。ご容赦ください」


 そう言い深々と頭を下げる礼儀正しい所作の裏で、目の前の女は強かに葦高を見据えている。

自分の名を告げるべきか否か、自身の力を伝えるべきか否か、そして秘密を知られた時には殺すべきか否か。


「それではまた、周防様のお屋敷でお会いしましょう」

「……ああ、楽しみに待つとしよう」


 頭を上げて広場を後にする夜鷹は間違いなく数十人の男を殺戮したバケモノだ。

葦高と切り結んだ清史郎と同等、もしくはそれ以上の力を持っている。

そのことを改めて認識した葦高が、それまで不機嫌そうに曲げていた口の両端を吊り上げると、歓喜に震えるように笑みを浮かべた。


「野盗崩ればかりと落胆したが、なかなか楽しめそうな旅になりそうではないか。

そうでなくてはな、そうでなくてはならん」


 葦高は声を上げずに、肩を震わして静かに笑った。

わずかに漏れた微かな音は吹きすさぶつむじ風にさらわれて、誰の耳にも届きはしなかった。

あるたった一人を除いて。


淨體因子の説明はまた後程

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