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旅路

「……退屈だなぁ~」


 それは布津母の町を出て数日後のこと。

借り馬に跨りながら、いくつかの町を経由して向かう目的地までの道中。

その過程で起こった何度目かのかの愚痴がこぼされる。

他に反応を返す者もいないので仕方なく、と言った風に口を開いたのは夜鷹だった。


「……清史郎様いかがしましたか?」

「いかがもなにも、言葉の通りですよ夜鷹さん」


 清史郎は皮肉の類を言える男ではない。

戦いにおける駆け引きを除けば彼は常に真っすぐな性根を有している。

ゆえに彼の言葉に言葉以上の意味はない。


「僕は期待してたんです。

実家で困難な仕事があると聞いた時も、選別の時に葦高さんと戦った時も、この仕事を任せられれば僕の剣技を存分に活かす機会がそりゃあいっぱいあるのだろうな、と」

「はあ……」

「だっていうのに、日がな一日馬に跨って代り映えのしない道をえっちらおっちらと……。

皆さんはよく我慢ができますね。僕はもう欲求不満ですよ」


 馬に揺られながら肩を落とす清史郎のやる気は目に見えて落ち込んでいる。

選別の際に葦高に敗北したからこそ心機一転の気構えを見せたはいいが、この数日起こったことと言えば一度馬泥棒に道中を襲われたくらいだ。その結果は言うまでもない。


「まあ、もとより目的地の相登(さがと)へは数日かかるのとお話でしたし、

私は皆さんとお話できればあまり退屈は……」

「話と言ったって明日の飯がどうのとか、昨日の宿がどうだのとそんな話ばっかりじゃないですか。葦高さんも夜鷹さんも自分のことはあんまり話してくれませんし」

「童は葦高と同じ馬に乗れるだけで退屈せんぞ?」

「……そりゃ恋鐘さんはそうでしょうね」


 現在街道に沿って進む馬は四頭。

殿を清史郎が努め、先頭の馬には葦高と、背中合わせで後ろ向きに座った恋鐘。

そして間に挟まるように並走する二頭の馬には夜鷹ともう一人の女が跨っていた。


「このまま順調にいけば今日中には到着するはずなんですから、

もう少し我慢してください」


 現在秘宝捜索のため最初の目的地へ向かっている人数は五人。

先の選別で勝ち残った三人と恋鐘、そして雇い主である周防正彦の娘、藍子である。

周防が自身の娘を同行させたのにはお目付け役、連絡役、給与の支払い等々様々な理由があったが、それ以上にこの探し物を行う上で重要な意味合いを持っていた。


「じゃあ暇つぶしに聞きますけど、相登さがとの伝説だと黄泉がえりの縁はどういったものだと言われてたんですか?藍子さん」

「はっきりと明言されているわけじゃないんですけど、石のような形状みたいです。

宝石とか宝玉とかそんな感じで」

「石……わかりやすくそれらしい姿であれば見つけやすいのでしょうけど」

「大丈夫です夜鷹さん! そこはわたしの目の見せ所ってことで、頑張らせてもらいます!」


 周防が長年にわたり収集、研究してきた黄泉がえりの縁に関する記録。

その数は膨大で、書面にまとめれば部屋が一つ二つは軽く埋まる。

むろん捜索の旅に持っていくことはできない。


 藍子の頭にはそんな記録に記された黄泉がえりの縁に関する数多の情報が鮮明に収納されている。

秘宝の伝説がどの地で語られているのか、その形状、逸話等々、

もはや生き字引とも言える彼女の記憶は現地へおもむき、手掛かりを探るために不可欠なものだった。


「しっかし驚きじゃ。あれだけの記録がすべて頭に入っているとは」

「そんな、小さいころから父のそばで記録を読ませてもらっていただけで、そんな大したものじゃありませんよ」


 謙遜する言葉の割に、その表情には自負が見えた。誇りとも言えるだろう。

彼女は父と共に進めてきた秘宝の研究に並々ならぬ思いを持っているようである。

そんな藍子の表情に夜鷹は微笑まし気に語り掛ける。


「藍子さんはお父様が大好きなんですね」

「え!?」

「じゃろうなあ。そうでなければいくら父の研究とはいえそこまでのめり込めるとも思えん」

「いやあの、わたしは単に各地で語られる秘宝の存在に興味があるだけで、父への好意は別に関係ないというか……」


 最初に話題を振った清史郎を置き去りにして女性陣の話は周防親子の関係についてへと深堀られて行く。

実際この数日、馬上から会話を弾ませているのは主にこの三人だ。

先ほど夜鷹が退屈しないと言っていたのも頷ける。


 女性の話はたいていが長い。始まれば日が暮れるまで終わらない。

そうなると清史郎に待ち受けるのは孤独である。

ゆえに彼はダメもとで先頭を進む男の背中に声をかけるのだが……


「……ねえ葦高さん。今夜こそ一戦手合わせをお願いできませんか」

「断る」


 この通り、唯一の同姓との会話はこのようにほとんど成立しない。

今日に限らず清史郎は葦高に敗北した雪辱を果たそうとこうして何度か再戦の申し出をしているのだが、そのことごとくがにべもなく一蹴されているのだった。


「どうしてですか~。前に戦った時、最後の方はあなたも乗り気だったじゃないですか」

「あの時点ではな。今の貴様は秘宝探しの手足だ。殺しては秘宝探しの効率が落ちる」

「じゃあせめて話し相手にはなってくださいよ」

「馬鹿を言うな。俺がお前と何を語らうというのだ」

「まあまあそういわず。実際あなたが戦った時に見せた素早さは僕を凌ぐものでしたし、参考までにどんな修練を積んでいるかだけでも教えてくださいよ~。このままだと僕、本当に退屈で吐きそう……」

「吐くのは勝手だが俺に近づくな。汚らわしいのだ餓鬼め」


 まさに暖簾に腕押しといった風に葦高は清史郎の誘いに一切乗ってこない。

真の意味で心の底を見せていないのは清史郎や夜鷹も同じだが、葦高は特にその手の壁が厚い。


 この数日顔に巻いた麻布や背負った薬箱も、町を出てから一度も外していないことや、清史郎を道具扱いすることを(はばか)らない先ほどの言動から見て取れるように、彼には任を共にする仲間への協調性が一切なかった。


「協調性の無さでいったら僕も実家で相当叱られたもんですが、葦高さんには負けますね」

「……殿を放棄してる人が言うことですか」

「あれ藍子さん。お話は終わったんですか?」

「夜鷹さんが父との仲をあまりに聞いてくるので逃げてきました」


 一人ごちる清史郎の背後から声をかけてきたのは藍子。殿を務めていたはずの彼はいつの間にか葦高のいる先頭まで進んでしまっていた。


「別に問題ないですよ。夜鷹さんの戦いぶりは藍子さんも聞いたじゃないですか」

「まあそれはそうなんですが……」


 藍子はこの任務を監督するものとして選別を生き残った三人の情報をすでに把握している。

夜鷹が多くの人間を殺害したことも、清史郎が剣に狂っていることも、そして葦高の異質さも。


「でもいまだに信じられません。あんなに物腰柔らかな人が大の男たちを一人で倒したなんて」

「確かにあの細い腕だけであれだけ殺して見せたのは凄いです。ちぎっては投げちぎっては投げ。あれは単純な筋力でどうにかなるものでもないでしょうし、僕の發號(はつごう)と似たものなのかな。今度聞いてみよう」


 藍子はそういう技量的な話をしたわけではなかったのだが、清史郎にとってはどんな姿形をしていようが積み上げた骸の数こそ重要なのだろう。

彼の中で物腰柔らかな性格と数多の殺戮行為は矛盾しない。

もっとも、多少の戸惑いを見せているこの少女も父から選別の内容を聞かされた時にある程度の割り切りを見せた胆力の持ち主ではあるのだが。


「そんなに戦いに興味があるなら、一つ戦いの技術についてお教えしましょうか?」

「え?」


 急な少女の申し出に面食らう清史郎。

父の正彦こそ常人とは異なる気配を醸し出していたが、娘である藍子の風体は戦いに縁遠い町娘そのもの。

葦高とあれほどの激闘を繰り広げた清史郎にいまさらなにを説けるとも思えない。

だがそんな驕った先入観を持てるほど彼の頭は複雑ではなかった。


「願ってもないことです! 是非聞かせてください!」


 馬から身を乗り出す勢いで威勢のいい返事を返す清史郎に今度は藍子が面食らう番だった。


「びっくりした……でもよかった。お父さんから清史郎さんに伝えるよう言われたはいいんだけど、やっぱり女の私から戦い方を説かれるのは嫌かなって思ってたから」

「とんでもない! 僕は新しい戦い方を学ぶためなら女子供ばかりか犬や蟻にだって教えを請いますよ」


 その例えは藍子にとって少し複雑だったが特に他意がないことを理解し、藍子は清史郎へ伝えるべきある知識を語るのだった。


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