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第5話 最初の冒険

 それが貴方の選択だというのなら、私は全力で抗おう。

 私という存在を懸け、愛すべき人々のために。



 隣り合う数多の世界。影響し、影響され、それらは微妙なバランスのもとに成り立っていた。


 その管理者達、彼等と関わりの深い人々からは神と呼ばれる者達が住まう場所。彼らはこの地を第一世界、もしくは天界と呼んでいた。

 その一角にある金色の森。蒼く輝く湖畔に彼女はいた。

「はぁ」

 『風』は、もう何度目になるか分からない溜め息をついた。彼女が息を吐く度に、どこかの世界で海を渡る風が生まれる。


 思い返すのは、仲間から伝えられた自分の仕事について。

 その内容は彼女にとって納得がいかないものであった。



「え」

 最初、彼が何を言っているのか分からなかった。

「次の仕事って、この、世界を、消すの?」

 聞き返す。彼女の目には、彼女達が管理している世界の一つが映る。


「うん、そう。今まで君がやってきたように真っ新にしてほしいんだ」

 『光』はいつものように、淡々とした口調で業務を告げる。彼女の役割、それは滅ぼすことに特化した力を世界の浄化のために使うこと。

 しかし、彼はそう言うものの、今回は確実に「今まで君がやってきた」ことではなかった。

「でも、ここって」

 彼女の躊躇に気づき、『光』は冷たい視線を彼女に向けた。


「そうだね。まだ、ここには命がある」


 今まで彼女が力を行使してきた世界。それは文明が滅んだ世界であった。

 彼女が浄化してきたのは、人々の強い記憶。世界を再生させるためには、それを無くすことが不可欠であった。

「そうだねって。それが分かっているのに、なぜ? 何を私にさせようというの?」

 私に人の命を奪えというのか。そう、『風』の視線は鋭く彼に突き刺さる。


「秩序を乱しているからさ」

 彼は面白くなさそうに頬を膨らませ、立ち上がる。彼女の反論に対してもだが、ここ最近の彼女の様子に苛立っていた。

 彼女の反応が、日を追う事に混沌としていることが気にくわないのだ。

「この世界に住む人間は、世界を渡ろうとした。己の知識だけを頼りにした、乱暴な方法でね。その結果、どうなったと思う?」

 『光』に促され、彼女は少し遠くから世界を見つめた。そして、息を飲む。


 周囲を取り囲む世界が異様なほどに近づき、時にぶつかり合って歪みを生んでいた。その歪みは修正が効かない水準にまで達している。

「他の世界を救うためだよ。僕も心が痛むのさ」

 異常なほどに軽い物言い。本心からではないことは誰でも分かる。


 人を秩序の敵と考えている『光』は、ただ合理的に状況を判断しただけにすぎない。 彼女はそう感じたし、彼もそんな自分の感情を隠す気はないらしい。

 彼女の感情は、それにずっと反発している。


「言っておくけど、今回は例外無しだ。君は、いや僕もだけど何もできはしない。僕達の役割以外はね」

 それが分かってないとは思っていないけど、と『光』は最後にそう言って去っていった。



「何もできない、か」

 確かにその通りだ、と彼女は彼の言葉を思い出す。


 見えない制約に縛られた彼女達は、ただ世界を管理するのに都合良く力を与えられている。

 そして、今の彼女が考えていることに彼女の力は協力してくれないようだ。拳を握れば弱い反応が返ってくる。それを確認すると、彼女はもう一度嘆息した。


「あら、優等生さん。そんなところで何をしていらっしゃるのかしら?」

 塞ぎ込む『風』の頭上に、甲高い声が振ってくる。顔を上げると、こちらを見て笑っている者の姿があった。

「『雷』、言いたいことがあるのならはっきりと言ったら?」


 彼女の言葉に棘が含まれていることくらい、『風』にも分かっている。何事もなかったかのように飲み込むことなど、今の彼女にはできなかった。

「あら、純粋な賛辞ですわよ。自らの主義に反するとも任務を全うするなんて優等生のあなたにしかできませんわ。冒険せず堅実に、目立たないのに人気もある。ホント、羨ましいかぎりですわ」


 最後の一言に、眉根を寄せていた『風』の表情が和らいだ。

 いつものことだ。別に『風』を本当に嫌っている悪口ではない。今日の彼女は機嫌が悪いらしい、と『風』は思った。


 基本的に物静かな彼女がこれだけ饒舌になっているのだ。最初の会話で悟ってあげなければならなかった。

「何かあったの?」

「聞いてくださる!?」

 話を促すと、案の上前のめりになってくる。


「人間達の大きなお祭りがあるからと『炎』に聞いて行ってみたんですの。その世界中で私達に感謝するという趣旨でしたわ。それなのに……」

 彼女は語っている途中で黙ってしまった。続く言葉は予想できるが、『風』はあえて黙っていた。

 しばらくして、ふるふると奮えていた『雷』は再び口を開く。

「私だけです! 私だけが除け者なんですわよ!! みなさんは感謝されているのに、なぜ私だけなんですの……」

 後半は一気に調子が落ち込んだ『雷』の姿に同情を感じる。『雷』を信じる人間は、明らかに仲間の中で少ないのである。


 その原因は、本当の意味で言えば彼女達にはよく分かっていない。

 一つ言えるのは、世界を動かす理による差だ。「魔法」の理で動く世界は、そもそも『雷』が果たす役割は少なく、人からの人気が無い。

 反対に「科学」の理で動く世界は彼女がこなす仕事は多い。一生懸命頑張っているのだが、そもそも彼女達は迷信として遠ざけられているから感謝されない。


 結果、『雷』は自分の人気の無さを常に嘆くようになってしまった。


「あの時だって、みなさんは普通に力を貸す人間を見つけられたというのに、私はあんなリスキーな方法で」

 さきほどまでの気力がすっかり失せてしまった『雷』が足下で愚痴を零している。


「リスキーな方法?」

 その中に出てきた単語に『風』は反応した。

「貴女、あの時はどうやって人と接触したの?」

 彼女達があの時と呼ぶ出来事、それは彼女達が一度だけ全面的に人と協力した時の話だ。世界に訪れた危機を救う為に、彼女達はそれぞれ自分に近い人間を探しだし、力を分け与えた。

 『風』は思い返す。自分も人からは遠い存在であるために、苦労した覚えがある。運良く自分が見える純粋な人間に出会えたから良いものを、自分一人だけ蚊帳の外だった可能性があった。


 それならば、自分と同じく命から遠い『雷』はどうしたのだろう。純粋に興味が湧いた。


「記憶を使ったんですの」

「記憶を?」

 彼女の言う記憶とは、世界に刻み込むように命あるものが遺した爪痕のことだ。

 『風』が世界を真っ新にする過程で読み取っていたものもそれだ。彼女は、その世界で精一杯生きてきた人々の過去に触れることが好きだった。


 こっそりとやっているつもりだが、『光』には当然知られていることだろう。

 それでも構わない、と最近は堂々と行っている。記憶を覗くことくらいでしか、今の彼女が人の心に触れる機会はないのだから。


「あなたも知っているとは思いますけど、時々強~い記憶ってございません?」

「あるわね」

「それは私達にも影響を与えるほどなんですわよ」


 『雷』が語った方法に『風』は驚愕を覚えた。『風』が考えもしなかった方法を、彼女は使っていたのだ。


 人は時折、その持っている心の強さ故に世界に深い溝を作る。それが記憶なのだが、問題はその深さだ。そこには彼女が体験したことのないほどの情報量が刻まれているという。

 その情報を取り込めば、彼女達が『肉体』を、世界というスクリーンに再生できるほどに。


「そんな方法」

「私も知りませんでしたわよ。でも、あの時は原則全員参加でしたでしょう? 成果の出せない私に苛立った『光』に教えてもらったんですの」

 『肉体』、それは命ある存在がみな持っているもの。いわば『精神』だけの存在である彼女達からは最も遠い存在で、人には馴染み深い。

 確かにそれを手に入れれば、彼女達も下の世界で自由に行動できるだろう。


「あんなこと、二度としませんわ」

 しかし、当然ながら危険なことである。

「その記憶は私という存在を上書きしようとするんですの」

 人の心は、彼女達にも制御できないものだ。『光』が人に対して嫌悪感を抱くのも、自分が何ともできないことに対する恐怖もあってだ。


 当然、心から生まれた記憶もそうなのだろう。

「あの私が私でなくなるような感覚。あんなの、もう味わいたくありませんわ!」


 そういえば、あの時からだ。彼女が情緒不安定になったのは。

 『風』は思い出す。もともと感情の起伏は激しかった。しかし、それは基本平坦な他の仲間に比べればということだ。昔はこのように浮き沈みすることはなかったように思われる。

 記憶に影響されたのか、と今になって理解する。


「そうか、それなら」

 沈みきった『雷』とは対照的に『風』の表情は徐々に明るくなっていく。それは希望に満ちる幼子のようでもあった。


 あの世界に降りるのはすでに許可が出ている。あとは、壊すしかできない自分の力をどうやって扱うか。

 もう、彼女の中に答えは出ていた。

「あなた、もしかして」

 『風』から感じた異質な感覚。

「何を考えていらっしゃるの!」

「ふふ、なにかしら?」

 笑顔ではぐらかす『風』に焦る『雷』。彼女が楽しそうにしている姿など見たことがない故、不安が襲ってくる。


「ええ、わかっています。あなたが考えていることは。危険です、おやめなさい」

「あら? どう危険なのかしら」

「私の話を聞いていませんでしたの? 私は幸運にも帰ってこれました。でも、下手をすればあなたという存在がいなくなってしまう」

 もちろん、どんなことがあろうとも『風』という役割をもった仲間は存在しつづける。それが彼女達管理者だ。しかし、今眼の前にいる彼女は一つ間違えれば消滅する。

 そうなれば、帰ってくるのは最早別の存在だろう。それは命の無い彼女の死を意味していた。


「貴女、私のことを『冒険しない、堅実な優等生』って言ってたわよね」

「……ごめんなさい。気に障ったのなら謝りますわ」

「ううん。確かに私はいつもそうなんだ」


 右手で軽く宙を撫でた。彼女の手に生まれた空気の渦が湖に落ちる。生まれた波紋は徐々に大きく広がっていった。

「でも、冒険してみるには良い頃合いよ」


「まっ」

 『雷』が止めようとした手は弧を描く。すでに『風』の姿はかき消えて、そこには彼女だけが残されていた。


「あーあ、火付けちゃって。どうすんのさ」

 何もできずにただ立っていた『雷』のもとに、『炎』がにやにやした顔で近寄ってくる。

「わ、わたくちのせいではありませんわ。あのちとが、どうなろうと知ったこっちゃねーですわ」

 動揺の隠せない彼女に『炎』は声を出して笑っていた。


「さて、おいらはどうしようかな」

「え? あなたももしかして」

 含みを持たせた言い方に『雷』は眉根を寄せる。彼は悪戯っぽく笑って、彼女の疑問に答える。


「『光』には悪いけど、今回は全面的に『風』に味方するよ。ああいう真っ直ぐな行動、おいら大好きだし」

「あー。あなたはそういう方でしたわね」

 流石に記憶使う方法は危険だからやんないけどね、と『炎』は呟く。そして、少し息を吸い込むと塊を作るように全面にはき出した。

 彼の口から朱い光が飛び出してくる。それを少し突くと輪を描いて広がっていった。


「えっと」

 その中央には、今回の問題となっている世界。そして、それらにぶつかってくる周辺世界。その中の一つに知っている世界があった。

「お、あいつがいるじゃん。何とかできるかも」

 頭にハテナを浮かべる『雷』を尻目に、作業を続ける『炎』。彼はこれから始まる出来事を想像して胸を高鳴らせていた。



――そして、終末に向けて転がり落ちていた世界は違う時を刻み始める。


 叫びと共に押し寄せる人の波。その中にただ一人、少年は立ち尽くしている。己が身に迫る危機に心が壊れそうな人々は、少年に視線すら向けはしない。

 虚ろな瞳に映るのは巨大な影。

「魔獣……」

 偉い人が便宜的に名付けた名前。その現実感の無い名がぴったりだと、少年は思う。


 どこからやってくるのか、何が目的なのか分からない異形の怪物。幻のように現れ、人の命を、人が築き上げた文明を食らって消えていく。

「俺には何もできない」

 空っぽな心に恐怖感はない。そして、怒りでさえも。


(あいつを殺した相手だっていうのにな)


 魔獣の巨体が、確実な死が迫ってくる。少年は全てを諦めて、眼を瞑った。

『諦めたらダメだよ、お兄ちゃん。』


「!?……」

 耳を撫でる風が「あいつ」の声に聞こえて、少年は目を見開いた。


「あ、あれ?」

 目前に広がるのは穏やかな風景。若い緑が広がり、透き通った風が流れる場所。

 脳裏に浮かぶのは彼女の笑顔。加えて思い出した。ここがかつて彼女が大好きだった場所だということを。


 空気が動く。少年、伊吹颯斗の頬を優しく撫でていった。

「え、おまえは」

 いつからそこにいたのだろう。眼前では一人の少女が微笑んでいた。


 その容姿に颯斗は息を飲む。

「美凪」

 呟いたのは最愛の妹の名。魔獣の侵攻によって命を落としたはずの彼女の姿がそこにあった。

 違うのは、微笑みのまま動かぬ表情と背後から感じる涼やかな威圧感。


 少女は颯斗に手を差し伸べた。その手がとてつもなく大きく感じて、彼は背中に冷たいものを感じる。

 少女は美凪の声で颯斗に語りかける。暖かな視線を向けて。


「願わくは、貴方に世界を救う役割を」

 二人の出会いから紡がれる物語。その結末は『神』ですら知るよしもない。




 『風』の行動を知った『光』は面白くなさそうに頬を膨らませた。

「ふーん、そう。そうくるんだ」


 背もたれに体を預け、彼は大きく息を吐いた。虚空を見つめる。そこには人間を助けようとあがく彼女の姿が映っていた。

「君から時々出る、予想もつかない行動力は大嫌いだよ」

 立ち上がった彼は自分の右手を眺める。ぐっと握り締めると、刺さると錯覚するほど鋭い光で強く輝いた。


「そういうことなら、僕にも考えがある」

 次の瞬間、彼の姿は消え去っていた。口元に浮かべた、微笑みだけを残して。 

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