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第3話 森の精霊

 夜天に望月と星々が輝く。人が明日を夢見て眠る時間に、彼は漆黒が包む森の中にいた。


 彼は周囲を見渡す。その身は闇にあって、彼は全てを見通していた。

 目当てにしていた太い幹の木を見つけて、彼は歓喜の表情を浮かべると駆け寄ってその節に手をかける。次の瞬間、彼の体は一番高い枝まで運ばれていた。

 その場に腰掛ける彼の眼には満月が映る。その光に向かって伸ばした彼の手を、青白くきらめく粒子が包んだ。

「これで、もうしばらく下にいられるかな」


 自身の体を見つめて微笑んだ。実に満足のいく結果だ、と彼は満足げに頷く。

 彼の存在が、彼を拒絶する世界の中で濃くなっている。これであれば、しばらく消えずに残れるだろう。


 彼はこの世界の者ではないが、ここでもその存在は知られていた。悪しき理を破壊することを生業とする天界の住人。

 人は彼を『月』の神と呼ぶ。



 彼がこの地に降りてきたのは3日前。ある事情から、この大地に住む人に自身の痕跡を残さなければいけなかった。

 成り立ちから特殊なこの場所は世界の境目が非常に曖昧だ。

 特に人が魔界と呼ぶ世界、第三世界の影響を強く受けている。今すぐにどうなるというわけではないが、混乱の絶えぬ地になるであろうことは明白だった。


「あそこまでおかしくなることは、そうそうないだろうけどなぁ」

 少し前に、一度この世界と『魔界』との境目が崩壊したことがある。あれは色々と修羅場をくぐってきた彼にも恐ろしい出来事だった。

 世界そのものの崩壊を防ぐために、仲間全員が人に干渉したほどだ。


 彼は事件が起きた原因を調べた。仲間の一人の職務怠慢が最も大きな因子だったが、彼が気づいたことがもう一つある。

 憤怒・疑心・殺意・憎悪。混乱の中で生まれた人の負心が魔界の住人が持つそれと呼応した。その影響も無視できないことに気付いたのだ。


「ちょっとは自分達で何とかしてもらわないと」

 非常事態でなければ、各世界の住人に力を貸すことはできない。しかし、そこまで事が大きくなってからでは自分達の負担も尋常ではない。

 それなら、ということで思いついたのが人自身が自分の力を引き出す方法を教授することだった。人は弱き存在だが、その命に無限の可能性を持っている。


 その力を彼ら自身の意志で使いこなせたら……、力を貸さずとも人は自身で戦い抜けるのではなかろうか。


 しかし、である。

「これがなかなか大変なんだ」

 見込みがありそうな若者は見つけた。彼や彼の子孫ならば、この地に起こる混乱の抑止力となるだろう。

 しかし、人は自分達と違って一で十を知ることはできない。予期していたよりも、長く時間がかかる。

 結果、もうしばらくこの世界に留まっていなけれなならなくなったのだ。


「あいつ、怒るかな」

 彼は苦笑いを浮かべる。長期滞在など、『あいつ』は許さないだろう。口癖のように連発している「秩序」には、第二世界への不干渉も含まれている。


「おまえの嫌いな混乱を抑えるためだ。文句を言われる筋合いはないぞ!」

 憮然とした表情で立つ彼の姿が思い浮かぶ。恐らく『月』の発した言葉を苦々しい顔で聞いているであろう。


 夜は管轄外だからと降りることすらしないのだが、朝になったら、早速小言を言うためだけに降りてきそうだ。



「あれ?」


 ぶらぶらと森を歩く彼の目に、とある輝きを見つける。人の灯りにしては、ずいぶんと柔らかい。

「嫌いじゃないな、これは」

 暖かな感じのする、それに引き寄せられるように近づく。


「おっ?」


 そこは穏やかな輝きに包まれた空間だった。その大地に育った木々も、それ自体が光り輝いている。

「なんだこれ」

 彼の記憶を検索しても、該当する情報はない。そもそも、彼は下の世界について疎いほうなのだ。

 しかし、なぜかこれを知っているような気がする。 仲間の誰かと雰囲気が似ているのだ。


 じっと見上げている彼の背後で、シャランと軽い音がした。

「ん?」

 振り返る。同時に息を飲んだ。


 栗色の髪をした少女がこちらを見つめている。彼女は何も言わず、視線も動かさず。ただ、彼を真っ直ぐな瞳でとらえていた。

「え、誰?」

 彼女の持つ独特な雰囲気に、彼は狼狽した。


 彼女は人でも神でもない。よく見ると、その体は透けている。 まるで、世界に拒絶された時の自分のようだと彼は感じた。

 そのまま黙っていたが、何も事態が進展しないので彼は声をかけた。


「もしかして、俺のこと知ってる?」

 彼女は首を振った。これで何の反応もなかったら、むなしいだけだ。

 動いてくれたことに安堵する。

「そっかー。でも、どこかで会ったことないかな」

 彼女と出会った驚きが薄れてくる。すると、慣れ親しんだ感覚が彼を包んでくるのだ。


 先程も感じた。彼女の雰囲気は誰かに似ているのだ。それが誰なのか、それは思いつかない。

 彼女の存在が、時間が経つにつれ薄くなっていく。

「あー、なに? 時間切れ?」

 彼がその言葉を発した時、彼女の姿は世界に溶けていった。


 同時に周囲の輝きも消滅する。全てが闇と一つになった。

 彼女が最後に残した、微笑みだけ彼の記憶に残して。


 周囲にはもはや、静寂に包まれた漆黒だけがある。人が見る夢とはこんな感じなのだろうか、と彼は手に顎をのせる。

「う~ん」

 彼は首を傾げた。彼女に似ている誰か、それが誰なのか。もう少しで出てきそうだ。


「あ!」

 思い当たったのと同時に、彼女が何者なのか検討がついた。そして、彼女が現存している内に思い出さなかった自分に苛立ちを覚える。

「しまったなぁ。もっと話したかったのに」

 彼女の存在がかき消えた場所で、頭を掻く彼は一人、大きく息を吐いた。

 会ってみたかった者に会えたというのに。自分は何もできなかった。彼の後悔は尽きない。


「ホント、思い通りに行かないよな。俺達って」

 役割のみにしか力の使えない自身の存在に、彼は初めて愚痴をこぼすのであった。



 それから1週間後。

「もういいか、仕事に戻るわ」

「いや、ちょっと待てって」


 天界に戻った彼は『光』との子どもじみた論争が嫌になって逃げ出していた。『光』の前から消えたかったのも本当ではあるが、会わなければならない者がいるのだ。


 その姿を探して、彼女の領域に飛び込んだ。目標はすぐに見つかって、彼は駆け寄った。

「何かよう?」

 その瞳は力無く彼を見つめる。冷たい言葉は拒絶を意味していたが、彼は気にもしない。

 そして、開口一番で言い放った。


「セリアに会ったぞ」


 彼女はびくりと体を震わせた。生気が戻ってくると下の世界で会った異質な少女と、やはりよく似ている。

 振り返ったその目が大きく見開かれていた。 これほど感情が大きく動いた彼女に会うのは久しぶりだ、と彼は思う。

「今、何か言った?」

「いや、だから会ったんだって。セリアに」

 すぐに落ち込もうとする瞳に向かって、間髪いれずに会話を続ける。そこで、やっと彼女の目に光が戻った。

「セリア? 嘘、そんなわけ、ないじゃない」

「嘘じゃないって。信じてもらえないかもしれないけどさ」

 間違いはないはずだ。彼女と同じ感じのする別存在など、セリアしかあり得ないのだ。


 半神セリア。

 彼の目の前にいる彼女、『土』と彼女が愛した人との間に生まれた愛娘。

 しかし、天界にも人の世界にも拒絶され行く場所の無かったセリアは魔界の住人に殺害され、その数奇な一生を終えた。


 天界の住人は命を生むことはできても、死をどうにかすることはできない。それもおかしな話だが、セリアの命が尽きた時も傍観するだけだった。

 悲しんだ『土』は、自分の暴走する力を使って一つの島を作りセリアの亡骸を葬った。その場所が、彼が先日までいた島なのだ。彼女の悲しみという負の感情で生まれた場所だから、今も世界の境界が曖昧で混沌とした気配が島全体を包んでいる。


「それも一緒に思い出したんだけどな。あの時に」

 自身の忘れっぽさは苛立ちを覚えるほどだ。彼は頭を小突く。

「それで、セリアがいるの? あの子はまだ、そこにいるの?」

 すがりつくように、彼女は彼の体を揺らす。取り乱し方が半端ではない。それでいい、と彼は思った。


 セリアを失ってから塞ぎ込んでいた彼女には良い傾向である。


「いるんだろうけど、会えるかどうかは分からんぞ」

 生前、全ての世界から拒絶されたセリアは冥界からも拒否されたのだろう。精霊として、あの地に留まっているのだ。

 その余った力が噴出したのが、彼の出会ったセリアなのだということを後に理解した。


「でも、最後は笑ってたから。苦しみからは解放されたんじゃないかな」

 彼の言葉を聞いて、彼女は少しだけ昔の表情で微笑んだ。

「そう。ありがとう、教えてくれて」


「ああ、それと知ってるか」

「なに?」

 彼女が小首を傾げると、『月』はにやりと笑った。

「あの島な、人にセリア島って呼ばれてるんだぞ」

 自分達が忘れないように、人もセリアのことを忘れずにいてくれるのだと思うと彼は嬉しくなってくる


 セリア島。そこで起こる人々の争乱を彼は止めることはできない。しかし、あの場に残ったセリアの想いと自分の教え子が、世界を良き方向に導いてくれるだろう。

 そんな未来を思って、『月』は大仕事を終わらせた気分になって笑っていた。


「これで、ちょっとは休めるかな。……まぁ、ムリか」



 大地母神の娘が眠る島、セリア島。

 後に、百年戦争と呼ばれる混沌の時代を終わらせた一人の剣士がいる。彼は、『月』に託された剣術を武器に戦い続けた。


 そのお話は、また別の機会に語ることにしよう。

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