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第2話 天界

――貴方には分からない。


「なんだよ、それ」


 件の言葉は、彼が持ち場に戻ると同時に飛び込んできた。すました表情は、すぐに不愉快なものに変化していく。


 呟きが筒抜けなことくらい、彼女もよく知っている。彼女は聞かせるつもりで呟いたようだが、面と向かって言えない悪態に何の意味があるというのだろう。

 彼は頭を抱えた。ただ、その手に隠れてはいたが、口元には笑みが浮かんでいた。


「それでも、君は役割をしっかりこなしてくれるから好きだよ。僕は」

 その場に腰掛けると目の前で手を振った。すると、拭われた箇所が透ける。

 そこには彼女の姿が映っていた。


 彼女は文字通り、世界を駆け巡っている。かつて、人が存在した証に触れ、そこを自然な状態に戻していく。

 これなら問題はないだろう、と思った矢先に彼女の行動に不審な点が見つかった。

「……遅いな、仕事が」

 彼女の力なら一瞬で終わらせられる仕事量なのに、どうも効率が悪い。


 彼はしばらく観察して合点がいった。

 どうやら、そこにあるものから何かを読み取っている。それは歴史であったり、思いであったり。人が遺物に刻んだ痕跡を一つ一つ確認しているのだ。


 なんて無駄なことをと思い、また同時に最近の彼女の不可思議な言動に納得がいった。

「ああ、そういうこと」

 直接人に触れる機会なんて皆無なくせに、あそこまで人に関心を持つこと不思議だった。


 こうやって、記録を読み取っていくことで惹かれていったのだ。自身の身近に感じることで。

「僕なら逆に嫌いになるけど」

 その理由はいくつでもあげられる。彼は下の世界で起きた出来事は全て把握しているのだから。


 人は生んでは滅ぶ、愚かな存在。彼が最も遠ざけたいと思っている『混沌』で成り立っているもの。

「なんで、そこまで好きになれるかな」

 先ほどの彼女の言葉に答える。

「僕には全然わからないよ」


 熱が上がってきた。彼は思い出せば思い出すほど、胸の中がムカムカしてくる。

 それを発散しようと、叫んだ。


「仕事放棄して人と遊んでたり、人に武術教えてみたり、あげくの果てには人と子ども作る。そんな君らの考えなんて、僕は全然分かんない!」


『分かんないってより、分かろうとしてないんだって、ふーちゃん言ってた』

 突然割り込んでくる間の抜けた声が彼の熱くなった思考を遮断した。

「勝手に入ってこないでくれる? 君も彼女と下でやらなきゃいけないことがあるんだから」

 頭を冷やしてくれたことには感謝するが、今度は冷えすぎて痛くなってきた苛立ちを声の主にぶつける。


 明らかに不満な態度で返事が返ってきた。

『ふーちゃんの手伝いでしょ? やってるよー。でも、変だね。いつもだったら繋ぎもしないくせに。こっちからお話ししてもさ』

「そういえば」


 可能なことは知っていたが、対峙していない仲間と会話するのは初めてではないだろうか。少なくとも、この力を行使したという記憶は見つからない。

『なんか苛立ってた? そういうの忘れちゃうくらい。こうくんも色々甘いねー』

 声の主はケラケラと笑っている。

 図星をつかれたことに、彼は酷い頭痛を覚えた。それを悟られないように、極めて冷静に言葉を返す。

「いいから、君は君で役割を果たしてきて。今度は真っ直ぐ帰ってきなさい」


 声の主、人から『水』と呼ばれる彼女は、他の仲間より責任感が弱い。

 前に下に降りてもらった時は妖精族に混じってずっと遊んでいた。どうも、自分の役割というものに自覚が足りていない様子を彼女は時折見せるのだ。


 それでいて、仲間内では比較的強い力を持つ存在なのだから、さらに頭が痛くなる。

『はーい。行ってきまーす』

 少し不満げな声が帰ってきて、会話はようやく途切れた。彼は沸いてくるような疲れを感じ、立ち上がった。


 遠くを見渡す。何も変わりはない光景に胸をなで下ろした。普遍こそ、彼の望むことだ。


「分かろうとしない、か。いったい何を分かれって?」

 気づけば口から出ている独り言。

 常に変わらぬ堅さを誇っていた彼が見せるいつもと違う様子は、彼が住む世界――第一世界「天界」そのものに変化が起きつつあることを示していた。


 その先にあるのは良き結末か悪しき末路か。

 人からは『光』と称され、下の世界に関しては全知の彼にも、それを知ることはできなかった。

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