5話
メレクはコインを指で跳ね上げ、再び手の甲に着地させて手で隠した。
「…………。」
目で見えた限り裏だった。
だが前回、それで間違えた事を考えると間違いなくメレクはイカサマをしている。
しかしそのトリックがわからない。
「どうした?緊張でもしてるのか?ほら、見えるんだろ?なら見たまんまを答えればいい。」
「………。」
このメレクという男が不気味に見えて仕方がなかった。
大事な商品である女性をかけているにも関わらず、この軽さ。
その軽さが最も疑わしい。
勝てる自信に満ち溢れているとでも言えるその余裕が怖かった。
「………裏だ。」
「いいのか?まだ変えられるぞ?」
「………いい!裏だ!」
「そうか。」
メレクは残念な顔をして手を空けるとそこにはコインが表で乗っかっていた。
「………。」
男は何も言うことが出来なかった。
野次馬が騒いでいるのも聞こえない。
しかし、メレクの声が嫌に明瞭に聞こえた。
「俺は、お前の自由なんて要らない。」
男は顔を上げる。
メレクはニヤニヤしながら話す。
「必要なのは情報だけ。ただの余興さ。」
「………じゃあ俺は……?」
「お前ごときが俺の奴隷、商品になる訳がないだろう?戦闘力も大した事ない。家事も出来そうもない。顔も良くない。どこに商品価値があるんだ?なぁ教えてくれよ。」
「………。」
「お前の価値はなんだろうな。」
メレクはため息を吐くとフォースに目配せをする。
「それに、情報に関してもお前から聞く必要もないしな。」
それだけ言うとメレクは酒場を出ていった。
後ろにフォースが付き従う。
空を見上げると月が爛々と輝いていた。
だが月の周りには星は見えない。
それを見てメレクは少し微笑んだ。
「行こうか。」
「はい。」
泊まっている宿に向かう。
「なぜあのような事をされたのでしょうか?」
「………理解出来ないか?」
「はい。あれでは恨みを買うだけかと。」
「そうだな。」
メレクは路地の先を見つめて言葉を紡ぐ。
「それが俺の狙いだ。」
暗闇から先程の男が出てくる。
「………。」
「おぉ、散々たる姿だな。」
「ーーー。」
「なんて言った?ちゃんと聞こえる様に言えよ。」
「お前のせいで!!」
この男は酒場では大きな態度をしていたのだろう。
だからこそその場所を盗られ、国にいることすらも厳しい。
「ならなんだってんだ。ここで八つ当たりか。」
男は相当頭にきているようで突っ込んでくる。
「フォース。勉強しておけ。」
男の振りかぶった拳を掴み、後ろに回る。
「怒ったヤツは攻撃が単純になる。」
そして男と背中を合わせ、メレクは屈んだ。
「だからこそ何時でも冷静になれ。」
メレクは腕を肩にかけ、一本背負いをした。
男の肩から鈍い音がして、背中から地面に叩きつけられた。
男は声も出せないまま蹲り、悶絶していた。
「さて。」
男の顔に足蹴りし、髪の毛を掴む。
「お前が仕えているヤツは誰だ?」
「くぅ………。」
「早く言え。」
髪の毛を掴んだまま地面に叩きつける。
無防備に顔面を強打し、鼻が折れる音がした。
「侯爵様だ!ルーク侯爵様!」
「ほう?ルークか。」
「もういいだろ!?離してくれ!」
メレクは再び地面に叩きつける。
「まだ聞きたいことはあるんだ。家の構造、兵士の数、財政状況とかな。まだまだ夜は長い。」
「もしかしてメレク様。このために酒場で煽ったのですか?」
「そうだぞ。」
メレクはニコニコしながら答えた。
「こうすれば嘘の情報は無いだろう?」
「悪魔ですか……。」
メレクは実に楽しそうにしていた。