マトラは見た!
アエリアが慣れ親しんだ屋敷へと帰っている頃、一人のノーチェスの魔法使いがサウセスの南の森へと向かっていた
彼女の名前はマトラ・ムトウ
マトラはノーチェス軍の魔導士団の筆頭、つまりは団長である
とはいえ、ノーチェスの魔法使いは全員でも100名ほどである
サウセス軍の2000名と比べてもはるかに少ない
だけれども彼女は普通ではなかった
それこそ、彼女一人でノーチェス軍の魔導士団2000名を相手取る気でいたくらいだ
事実、彼女の魔力は凄まじいそして扱える魔法の数も現代では一番ではなかろうか
色々と先読みをして食糧難打開のための戦争だったが、今回は戦争手前で終結
そして現在彼女がココに居る理由は、ノーチェス国王の謝罪に付いてきていて、そして替え玉を置いてこっそりと抜け出たのだ
「マトラ先輩ぃー待ってくださいよぉ…」
ふわふわと空を飛ぶ
月夜にてらされた影が二つそこにある
「もう、早くしなさい!時間はあまりないのだから。あなたが付いてくるって言ったんでしょう?ラライラ!」
一緒に空を飛んでいるのはラライラ・ビウ、マトラの弟子のようなものだ
そしてあの、南の森まで3時間をかけて飛んだ
マトラは平然としているが、ラライラは息を切らしている
「魔力薬飲んどきなさいよ、帰りもあるんだから」
「はぁい…苦いから嫌いなんですけど」
「王の滞在は最低6日はあるわ。既に2日は過ぎてるんだから、ここの調査には1日程度しかかけれないのよ」
宣戦布告を撤回した理由はなにも祝福による豊作が確定できたからではない
そもそもノーチェスは食料問題が発端ではあるが、それを恒久的な問題でなくすために戦争を仕掛けていた
つまりは、サウセスの国そのものを支配下に置く
その策を、この10年練っていた。冷夏による不作はその偶発的なものに過ぎない
そこまでの理由がありながら、宣戦布告を撤回した理由は
「アリエッタとマリアの頼みによる、祝福」
普通であればあり得ないおとぎ話だ
しかし実際祝福は行われている。そしてコレが本当であるならば、ノーチェスの勝利は一気に怪しくなる
そんな祝福が出来る存在が、この国にはいる。それもあり得ない規模の…
観測班によればその発信源はサウセスの、南にある森の周りが怪しいと結論が出ていた
よって、マトラが調査に来たと言う訳だ
「まだ誰もこの森のこと気づいてないようね」
そこに踏み荒らされた形跡も、人の気配もない
「うぇぇ…マトラ先輩、これってやばくないですかぁ」
今二人は森の中を進んでいる
マトラとラライラの目に映るその森は淡く輝いて居た
すでに外の祝福は落ち着いているというのに、この森ではいまだに輝いている
そして空気も濃い気がする
「これはちょっと怖いわね…奥に進めばもっと濃くなる‥そこらで精霊がわんさかいる感じするし。アンタの目にはひどいことになってそうね」
「はい。何と言うか、酔っぱらって、てゆうか泥酔して寝てる感じですね…あ、吐いてるのもいる」
「どういう事なのよ…」
精霊が酔っぱらって吐いているなんて想像が出来ない
ラライラはもともとノーチェス出身ではない。ある島の出身だ
その島では精霊使いが沢山いるとの事だったが、ある事件で誰も居なくなったと言う
ラライラの同行を許したのはこのためでもある
マトラはうっすらとしか精霊を感知できないが、ラライラはかなりの精度で感知できるからだ
「あー、あの先、大樹がありますよね?あの辺、なんかおかしいです。あそこから精霊が溢れてるって感じです」
「行ってみましょう」
警戒しつつ、奥へと進む
道はないのに不思議とその場へは楽に来れた気がする
色々と準備してきたのに拍子抜けするほど簡単に奥へとたどり着けたのは僥倖だった
そしてどうやら大当たりのようだ
その大きな樹の前に辿り着くと、怪しい所をぺたぺたと触る
「何も無いみたいね…」
ラライラを見ると、なにか精霊と会話をしているように見える
「ええ!?いや、まぁ持ってますけど…」
そう言って、ポケットから飴を取り出すと精霊に奪われる様に持っていかれていた
「うう…私のおやつが…」
すると、音もなく二人の前に大きな穴が開いた
「これに入れって事よね?」
「たぶん…」
恐る恐る、足を踏み入れていく
柔らかいような、しっかりしているような不思議な感覚が足裏から帰ってくる
暗いと思っていたのだが、歩を踏み出せばふんわりと白い光が前に見える
障害物もなさそうで、その一本道を歩いて抜ける
「なに、これ…すっごい」
そこは開けた森の中だった。先ほどの陽の光も差し込まない所とはうって変わり、何軒かの家も見えている
すると二人の元に、一人の美しい女性がやってきた
「やあ、いらっしゃい人の子よ。私はエズラと言う。何用でいらっしゃったのかな?」
「エズラ?あの魔王、エズラ?」
「懐かしい異名を知っているのねぇ」
「まさか、本物……」
目の前の美しいエルフから、とてつもない何か、を感じる。魔力ではない、何かを
「そ、本物よ。偽物に見える?外じゃかなりの時間ながれてるんでしょ?色々聞かせてくれない?この間、アリエッタはさっさと帰っちゃったしねー」
そこにアリエッタが居たのかと、マトラは喜び微笑んだ
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「アエリア様、有難うございます!」
「良いんだルドル、気に入ってくれて何よりだ」
アエリアはお土産として、ルドルに綺麗なネックレスをプレゼントしていた
淡い緑の宝石があしらわれたものだ
ちなみに執事のジンには手帳とペンを
料理人であるドワイフには包丁とか鍋とかを渡している
ルドルには別で鍬だとか農具と工具も
「ルドルは女の子だからな、少しはこういう物に興味があればいいと思ってな」
ネックレスを掛けたルドルが嬉しそうにしているのを見て、このお土産で良かったとアエリアは思った。ルドルも興味がないわけではなかったので、本当に喜んでいる
「あー、わがこんな、うれしいです」
「良いんだよ。それでルドル、私が置いていった畑、もう収穫が終わったようだな。すまないな、放り出して出かけたりしていて」
「いやまぁ、それがわの仕事ですから。でもこれ、恐ろしいほど早く育ちましたで、驚きました」
「祝福の成果だろうな。概ね四分の一程度の期間で作物が育つ感じだというのも分かった。これが1年から2年続くだろうから、その間は皆生活が楽になりそうだな」
まぁ食事に関しては、だけれども。国が税率を上げる事も考えられるが、精霊からの恵みに税を付けるとは考えにくいか…
問題は色々起きるだろうが、それで困る事は無いな
それには、私はと言う言葉で締めくくられる
困るのは商人とか貴族だろうから
実際、食べる事に困らないのであれば暫くは平和になるだろう
そこで彼らが求める次の一手は、その犯人になる
つまり、アリエッタとマリア探しだ
どの国もこの豊作でそれどころではなくなっているのだが、縁ある者はすでに動いているといったところなのだがアエリアの知るところではなかった
なにせ彼女は次の作物を、何を植えようか楽しみにしているのだから
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