7.守るならば堕ちぬものとなれ
長々と続きを書けず、申し訳ありませんでした。
死なせるわけにはいかない。
その一念で事態の収束に全力を尽くさせ、襲撃者たちを撃退することに成功したのが知らせを受けた翌日。奥方が塔から出ることができたのは、更にその2日後。
何故なら彼女は立て籠もり中に産気づき、移動は無理だと判断されて塔の中で出産する羽目になったから。
幸い母子ともに無事だった。
知らせを受けた関係者一同、はらはらしながら塔を見上げている中、元気いっぱいの産声を上げて生まれてきたらしい。
新たにクリステラ王国の――そしてそしてゲインズ侯爵家の一員となった男の子は、ルノワールと名付けられた。
ま、なんとか彼も救えた…のかな?
いや油断はできないわよねぇ。なにしろ彼にとって、文字通り人生は始まったばかりなんだから。
この先エラーが、どこでどう作用するかわからないもの。攻略対象者として生を受けた以上、常に危機は潜んでいるはず。
今回のことだってそう。
ゲインズ侯爵領に襲撃かけてきた連中は、なんと例の麻薬組織だった。
あのロクデナシ婿の逮捕騒ぎとゴルト帝国での粛清で、かなりな痛手を負った連中だったけど、ここしばらくで密かに組織の立て直しをしていたらしいの。
で、クスリの流通経路を復活させようとしたところ、材料が足りなくなった。
“材料”とはもちろん突然変異を起こしたとかいう植物。栽培していた畑が、なんかの理由でダメになっちゃったらしい。
それ自体は実に喜ばしいことなんだけど、それであきらめるような連中じゃなかった。なんと、原産地で新たな種やら苗やらを確保しようとしたんだってんだから驚きよね。
そう、件の麻薬材料。変異した植物は、選りによってクリステラ王国の宰相であるゲインズ侯爵領で発生した植物だったの。
報告してきたロートレックの憔悴した有様といったら…さすがに気の毒になった。
領地の端っこも端っこ、住む人とてほとんどいない山奥の、しかも崖下のちょっとした原っぱに自生していた薬草の中に突然変異を起こしたのがあって、たまたま採取されてっていう流れらしいわ。
辺鄙な所だけど、元々いろんな薬草の自生地で、あちこちから薬師たちがやって来るから、件の植物を誰が摘んだかはわかるわけもない。
「せめてものこととして、あの場所は禁足地としました。領主の許可がない限り、何人たりとも立ち入り禁止です」
自然発生してしまった植物を根絶させることは難しい。刈っても刈ってもどこかしらか生えてくる。ならばもう、その筋の識者にきっちり管理させて、有効活用する術を模索すべきと開き直ったらしいわ。
「その辺りは領主である貴方に任せるけれど、くれぐれもあの気色の悪い薬を作らせないようにね」
あれは前世で言うところのアヘンとかコカインとかと同じ、麻薬の類だわ。下手に蔓延させたらとんでもないことになる。
「承知しております。尋問したところ、原料となる草は大量に要る割に、作れる薬は少ないという代物のようで、価格がとんでもないことになっているようなのです。…その、性行為に絶大な効果があるらしく、固定客はそれなりだそうですが」
口を濁しながらも報告してくれる宰相様。
そりゃまぁいくら上司と言えど、若い独身の娘にそんなことは言いづらいんでしょうね、彼としては。
「それじゃあ高くてもさぞ売れたことでしょうね。ま、あの有様を見れば納得だけど」
現場をこれでもかと見せられた身としては、ねぇ。
「へ、陛下、アレを普通の…その、男女の営みとして認識されませんように。真っ当な夫婦の…こ、子供を作る行為は、もっと、その、神聖なもので…」
しどろもどろになりながらも、大人の知識を正しく教えてくれようとする忠臣。
えーえ、大丈夫よ、ちゃんとわかってますから。こちとら前の人生ではそれなりに経験もあったんですからね。
…長続きしなかったけど。
あれはオトコが悪いのよ、勝手なことばっかり言って金だけ出させた挙句、平気で二股・三股かけて。
いや、こんなこと思い出すべきじゃないわ。
「それはもういいって言ってるでしょう。それより、奥方と赤ちゃんは大丈夫なの?」
そう、それが一番肝心なのよ。
何しろ、彼は攻略対象者。ここでもしものことがあったら、わたしは何のために苦労だらけの人生を送っているかわかりゃしない。
しかも、彼は――ルノワール君は。
ゲーム中でわたしの最推しキャラだったんだから。
「はい、おかげさまで経過も順調です。妻が陛下に是非ともお会いしてお礼を申し上げたいと望んでいるのですが、謁見の予定を組んでもよろしいでしょうか」
宰相夫人か。
ルノワール君の母親ってだけじゃなく、今の政局を担っているロートの奥方だもの、一度きっちり見据えておいた方が良いかもね。
「良いわ。でも出来れば息子さんも見てみたいから、首が座ったら連れてきてちょうだい」
ルノワール。
初めて登場した彼に家名は無かった。
ただ。
『貴女様をお守りする者です、姫。ルノワールとお呼び下さい』
とだけ告げたの。
その迷いのない眼にハートを撃ち抜かれた乙女たちの多かったことと言ったら。このゲームがヒットした一因は、確実に序盤の見どころであるルノワールとの出会いにあると思うわ。
が、しかし。
彼のルートは、人呼んで男姫様攻略シーソーゲーム。またの名を…腐女子生産ライン。
男女の恋愛をテーマにした乙女ゲームであるにも係わらず、BL系の乙女たちを数多に輩出してのけた恐ろしいストーリーだったのよ。
わたし?わたしはブレなかったわよ。
そりゃプレイしてる間、噂に違わず危険なスチルがガンガン出てきて魂を飛ばしたもんだけど、わたしは飽くまでもヒロイン(自分)とのノーマルカップリングを目指して突き進んだんだから。
でもね、同好の士たちの間では、このルートのせいでボロボロと腐界へ堕ちていく女子が続出したの。
そしてついには、そちら方面で才能を爆発させてプロまでに昇りつめた猛者が何人も現れた。
好きこそものの上手なれって、確かにその通り。なにしろデビュー後オリジナル作でミリオンセラーのヒットを飛ばすまでに至った人もいたからねぇ。
BL系はあんまり嗜まなかったわたしだけど、彼女の作品だけは別で、新作を常にチェックしてたもんよ。…新しい本が出るたびに、面白さと比例して内容が過激になっていくのがちょっと怖かったけど。
ゲームの第1章、共通ルート。
城に乗り込んできた隣国の兵たちからヒロインを逃がしてくれたのは、死の床に付いていた母女王だった。
それってつまりわたしよね。
母女王は死ぬ前の最後の力を振り絞って、娘を隠し通路から公爵邸へと逃がし、自分は捕らえられた。
元々弱り切ってた女王の躰では、逃亡なんて無理とあきらめた結果だったんだけど、切ないというかなんというか。
いや、それがこのわたしとなった以上、なにがなんでも追っ手を振り切れるだろうけど。
まぁそれでだ。
泣きながら隠し通路を通って父親の実家へとたどり着いたヒロインなんだけど、出口で待ち構えてたのは敵国の兵と敵のトップ、皇帝その人だった。
彼女の父親、女王の王配はとっくに国を裏切ってたの。
妻と娘を売り渡す代わりに、自分はちゃっかり帝国での賓客扱いを約束してもらってたという、クズに相応しいやり口だった。
メインキャラであるアーグィング様の登場よ!
なす術もなく捕まった――って所で、ルノワール君見参!
彼の活躍で見事に最初の逃亡完遂。
ルノワールに手を引かれて燃える王都を脱出!――する際に最初の分岐があって、どの逃亡経路を行くかを選ばされる。
この時の選択で後のシナリオがガラッと変わるんだけど、まぁその辺はゲームのお約束。
でも、どんな選択肢をしても、ルノワール君が同行してくれることは変わりない。
皇帝なあの方も、幼馴染で年下枠のあの子も、ナイスミドルな彼も、海のあの男も、世界を股にかける商人な紳士も。
どの人と恋愛することになっても、ルノワール君はヒロインに付き従ってくれるのだ。
中盤までは。
そう、それは再びの共通ルート。ヒロインがいよいよ己の道を定めて突き進もうって時に、ルノワール君は彼女をかばって攫われてしまうのだ。
帝国皇帝、アーグィング様に。
いやもうここからが囚われの男姫様の本領発揮。どの相手を選んでも外せないシナリオのせいで、腐世界にドボンした乙女ゲームプレイヤーが続出した、狂気のステージだったわ。
『貴様がどれほど意地を張ろうと、行きつく先は決まっている』
『このまま堕ちてみるか、ん?』
なーんて台詞をだね、いわゆるアゴクイしながら語る美形(男)×美形(男・半裸・つながれてボロボロ)のスチル。そんなもんを見せられて、正気を保てるオタク女子がどれだけいるやら。
このシーンを切り取ったR-18二次創作が爆発したのは、まぁ無理もない。けどねぇ、どーして女性向けノーマル乙女ゲームで、ここまでのボーイズラブ炎上を見せつけられにゃならんのだと、血の涙が出そうな苦悩を抱えたもんよ。
そりゃまぁどんなゲームでも、そーゆー妄想を立ち上げる乙女たちはいるもんだけど、アレはなにかを振り切ってたわ。
いやでもそれもこれも未だ来ていない先の話。
我が娘はこの世に居なくて、ルノワール君は産まれたばかりの新生児。
どれほどそちらの才能(?)があったとしても、今は関係ないわ。それにデフォルトでは完全にノーマルラブな男の人だったのよ。
えーえー、まさに忠臣物語だったんだからね。
だ、だから大丈夫よ。
赤ちゃんなんだから、可愛いっ!てなるはず。素敵、カッコイイー!なんてなるわけないわよ。
「陛下、ロートレック卿の奥方とご子息がおいでになりました」
侍従の声が来客を知らせる。
「良いわ。入ってもらってちょうだい」
なるわけないけど、ついめかし込んで新しいドレスなんて着ちゃったわ。
だって、何だかんだ言っても愛しのルノワール君に会えるんだもの、気合が入っちゃうのはしょうがないわよ。
正面の大扉が開かれた。
逆光に、男女2人のシルエットが浮かぶ。
彼らは視線を下に向けたままこちらに歩み寄ってきて、高い場所にしつらえられてる玉座のやや手前で跪いた。
女性の腕に抱かれている、おくるみに包まれた赤子。目は閉じられてて色がわからないけど、その髪は見覚えのある金色。
ああ、やっと逢えたのね、わたしの最愛――。
「クリステラ王国の偉大なる女王陛下にご挨拶申し上げます」
テンプレな一言が隣で同じく跪いている男性から発せられる。
「面を上げなさい」
これもまた通常仕様の1つとしてわたしは2人に声をかける。
「はっ、恐れ入ります」
そして、彼らの顔がわたしに向けられた。
「――!ルッ」
ルノワール!?
ルノワールがそこにいた。
母親に抱かれた赤ちゃんじゃない。わたしがいつも画面越しに見惚れていた、青年姿の彼が。
「貴方は…」
誰?




