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6.生まれ来るものは救われる


 シルヴァードは何も言わず、床に視線を向けている。その肩が震えているのに気づけたのは、多分わたしだけ。

 泣きたいのか、怒鳴り散らしたいのか。

 きっと彼は好きだったのね、シローネ嬢のことが。

 兄の婚約者だった彼女を、シルヴァードが娶ることはあり得なかった。――シラケルドが死ぬか失脚して、弟が家督を継ぐことにでもならない限り。

 だと言うのに、シラケルド本人が“真実の愛”とかほざいてシローネ嬢を切り捨てて、シルヴァードと彼女の縁すら無しになっちゃった。

 とても皮肉な結果ね。

 だからわたしはこれ以上の叱責も慰めも言わないで、謁見を終わりにすることした。

 目線を合わせないまま一礼して下がるシルヴァードは、ただただ義務感だけで動いているみたいで、悩ましい。

 とは言え、今すぐ彼を救うことなんて無理ね。

「ねぇ、シルヴァード卿」

 長期戦を覚悟したわたしだけど、それでも思わずシルヴァードの背に向かって問いかけてしまった。

 答えを期待できない問いを。

「貴方はどう思う?真実の愛って、あるものなのかしら」

 シルヴァードは立ち止まり、玉座に背を向けたまま、ただ一言。

「…愛などただの勘違いでしかありません」

 と、のたまった。

 こりゃ、手間がかかりそうだわ。


 わたし?、もちろん信じてる。

 でなけりゃ、推しのゲーム世界を救うために無茶な転生なんてするもんですか。

 人生において必要な要素だと思うわ。

 恋愛的なものなんぞどうでもいい、結婚に結びつくかどうかなんてさらに些細な事だ。

 ただひたすらに、その存在そのもの。

 どのような形であれ、現実に在ってくれる。その事を喜びとできるなら、それはもう愛としか言えないんじゃないか。わたしはそう思うんだよねぇ。

 まぁ別の言い方をすれば、大好き(ファン)になれるものがあればそれで満足って話なんだけど。

 …どうせ喪女ですよ。ふん。


 間もなく正式に爵位を継承したシルヴァードは、宰相預かりとなって補佐官に就任した。

 なんとか正史(ゲーム)の流れには乗せられたってところかな。

 今後がどうなっていくのか具体的にはわからないけど、おそらくわたしが知ってる通り、補佐官筆頭まで昇り詰める事だろう。

 そのまま順当にいけば、未来の宰相だって夢じゃない。

 でもねぇ。

 彼の隠れた本性が、どこでどう発現するかと思うとちょっと怖いわ。

 それでなくとも政治なんて、中も外も魑魅魍魎(ちみもうりょう)が闊歩する恐怖の世界なんだから、純粋なままでなんていられない。

 もし彼が人臣を極めたら、その時はこのわたしが直属の主君ってことになるわよね、年齢的にも立場としても。

 …果たして扱いきれるんだろうか、あの大魔王を。


 ええい、なるようになれだ!


 元々わたしはあの男を救うことが使命なのよ。たとえ大魔王だろうが殺戮天使だろうが構やしないわ。むしろそうなったら好都合ってもんじゃない。

 女王様に敵うものなんてないんだからねっ!覚悟しなさい、シルヴァード・プラティネス。



 とは、言ったものの。

「陛下、この後は博士による授業ですので、お食事はお早めにお願いします。ああ、明日のご夕食は先日ご紹介した大使との晩餐ですが、午前中の内に承認が要る案件がありますので、予定の前倒しをお知らせしておきます。それから―」

 この有様で、攻略対象者の救済にまで手が回るかなぁ?

 ああ、例え飾り物でも――否、飾り物だからこそ、あっちにもこっちにも顔を出さなきゃならない。女王なんて、底の見えない笑顔を顔に張り付けて動くだけの広告塔だわ。

「――で、その際陛下のお言葉を…」

「申し上げますっ!」

 執務室の扉をバッターン!と音が出るほど勢いよく開いて、1人の侍従が飛び込んできた。

「何事だっ!?」

 つらつらとわたしのスケジュールを口にしていた宰相(ロートレック)が、一転厳しい顔で侍従をにらみつける、

 ほんと、なんの騒ぎだろう?

「さ、先ほど急使が到着いたしました。げ、ゲインズ侯爵領が…」

 ゲインズ侯爵領?

 ここにいる宰相のお膝元じゃない。

「突如正体不明の一団に急襲され、領主館が占拠されたそうです。幸い奥方様は捕まりませんでしたが、館内の尖塔に籠るのが精一杯で、救助は覚束ない状況だそうです」

 ガタリ。という音が室内に響いた。

「ご嫡子であられるシャガール卿は、領軍を率いて国境警備に赴かれていたそうでご無事です。現在、襲撃団と睨み合っておられますが、奥方様の籠もる尖塔に火を掛けて館内の使用人たちに危害を加えると騒ぐため、膠着状態です」

「…現在の死者と怪我人は?」

「数人、いるそうです」

 なんてこと。

「襲撃してきた連中の規模は?持っている武器の精度はどれほどだ。領主館を占拠できるほどなら、そこそこの練度はあるのだろうな」

 次々と質問を飛ばす宰相の声は落ち着いているけど、握りしめられた拳がかすかに震えている。

「は、はい。詳しくはわかりませんが、50人程の集団だそうです。武器はどう見ても正規軍で使っている物と遜色ないとか」

「そうか」

 正規軍の武器とタメを張ってる?それじゃただの盗賊団とかじゃない。

 反乱か、外国からの先兵か。

「そ、それから…宰相閣下、あの…」

 侍従がなにか言いにくそうに報告の続きをしようとする。

 まだなにかあるっての?

「なんだ」

「お、奥方様は、もういつご出産されてもおかしくない状態だそうで…お抱えの医師によると、極めて危険なのだとか」

 な、なぁんですってぇぇー!

 思わず座ってた玉座からずり落ちかけちゃったわよ。

 ちょっと待てロートレック、あんた今幾つだった?確か50歳に手が届くかどうかってとこのはずだけど。

 後継ぎの長男シャガールは、確かもう20歳位のはず。

 ついでに言えば、奥方は昔から変わってないわよね。最近になって後妻を入れたとかは聞いてない。

「え、ひょっとして高齢出産?」

 思わず口から出た。

「妻はまだ36歳ですが」

 しれっと答える宰相。

 ってことは奥方は10代半ばで30男に嫁いで、長男は16歳そこそこで産まれたんかい。

 ロリコンじゃないか!?

 い、いや、この世界の常識的にはアリなのか。

「ロートー。悪いんだけど、今後はもう少し離れた距離を心掛けて――って、それどころじゃないわね」

 玉座から立ち上がって、深く息を吸う。

「すぐに軍を編成して鎮圧に当たるように。万が一よその国からのちょっかいだった場合のことも考えて、厳戒態勢を敷いて。ゲインズ領に近い他の領地にも戦闘準備を女王の名前で勧告しなさい」

「じょ、女王陛下…」

「一般市民の避難はもちろん、奥方の救助は最優先よ。こんなことで母子を失う事は絶対に許しません」

 そうだ、死なせるわけにはいかないんだ。

 

 ――あれ?


 なんで?

 戦争や騒乱で国民が死ぬことは、もちろん女王として許せない。

 だけど、これは…。

「死なせるわけには、いかない…」

「陛下?」

 侍従が唖然としている。

 でしょうね、だって今までのわたしは宰相の後ろで黙って座ってただけのお飾り女王だったんだもの。

 なのに、言ってみれば当事者である宰相を押しのけんばかりに前に出て命令を飛ばしている。

 これは…。

「陛下、お心遣いはありがたく思いますが、ご心配にはおよびません。我が領地に振りかかった厄災は、わたし自身で始末をつけます。決して陛下のお膝元まで火の粉がかかるような事態には致しませんので」

 宰相がきっぱりと宣言する。

 そりゃそうだ。国政を任されている宰相に、改めて言うことなんてない―はずなのよね。

 でも。

 わたしはなんのためにいる?

 そうだ、攻略対象者たちを救って、世界の崩壊を防ぐんだ。

 誰にも言えない、絶対の使命。


 その時、気づいた。

 塔の上にいるのは、攻略対象者(すくうべきもの)だ。

「宰相、奥方と子供を助けなさい。死なせることは許しません!」

 

 そうだ、死なせるわけにはいかないんだ。

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