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3.皇帝は追いかける

読んで下さる方々に感謝いたします。

 夢を見た。

 なつかしい夢を。

 どうしてこう私のまわりにはロクデナシばっかり湧いて出るんだ。


「いやーお久しぶりです。無事転生を果たされて、エラーにも対応していただけたようで、こちらとしても大変喜ばしく――って、ぎぃえええっ!」

 問答無用で締め上げたら、実に聞き苦しい悲鳴を上げやがった。

「な、何するんですか、せっかくお会いできるようになったのに。兎にも角にもお祝いを言上しに来たんですよ」

 やかましいわ、何がお祝いだ。呪いの間違いだろうがコンチクショウ。

「あなた仮にも女王様になったっていうのに、なんですかそのガラの悪さは。やれやれ、お国の方々の苦労がしのばれますね」

 あんたに気遣いなんてされたら、地獄すら生ぬるい修羅場に叩き落されかねないわね。

「ひどいっ!これでも転生される魂には、責任と思いやりをもって対応させていただいてるんですよ。特に貴女は自薦とはいえ面倒な使命を押し付けちゃった形ですからね。気にしてるんですよこれでも」

 へぇ、そう。

 じゃあなんでそもそも”エラー”自体を何とかしようとしなかったのよ。

「それは無理です。世界のイレギュラーとはいえ、結局は人の愚かさが招いた事象でしたから。あんな危険な薬効の麻薬ができてしまったのも、それが裏社会に蔓延して不幸な中毒者を生み出してしまったのも、本を糺せば、ただの植物における突然変異という些細なエラーが元でした。それ自体はどうしようもありません」

 …人間の業か。

 だけどねぇ、そのせいであんな気色の悪いモノを見せられたらたまったもんじゃないわよ。乙女のココロの傷は深いんだからね。

「えー、前の人生では、もっとエグイ映像も一杯流れてたじゃないですか」

 だまれ。画面越しモザイクつきと、生本番しかも修正一切なしじゃ全然違うのよ。しかも、現実は匂いや振動をモロに体感させられるんですからね、気分が悪いったらありゃしない。

「わかりますけどね、ここをクリアしてもらわないと、先へ進めないんです。これも転生前に告知した苦労の一環ですよ。耐えていただくしかありません」

 それは…そうかもしれないけどぉ。

 ううう、実際この11年ちょいで、どうしてこんな目に合わなきゃならんのかと思ったことは枚挙に暇がない。つくづく王位継承者になんかなるもんじゃないわ。

 しかし、どうしてもなにも私が望んだこと。どんな苦労もいとわないと、あの時は本気で思ったのよ。

 甘かったことは認めるわ。だけど、もう一度選択してもいいと言われても、多分きっと同じ道を選ぶ。

 …つくづく私は救われないオンナだって、ええ、わかってますともさ。

「まぁでも一番きつい処は終わった訳ですから、後はもうバグを消していけばいいだけです」

 何、それ?

「そうですね。もう少し具体的に申し上げますと、貴女のご存知の方々――えーっと、ああ、攻略対象者でしたか。その方々が平穏無事に人生を送れるように、サポートしてあげればいいんですよ―って、ぐええっ!ちょっとっ」

 メンタルが急上昇して、思わず締め上げる力も倍増した。

 そうよ、私はそれが目当てだったのよっ!

 攻略対象のあの彼とかあの人とがあのお方とか、あの…ぐへへ。

「や、やめて…ソレは怖いです。これ以上締められたら…きゅうぅぅ」

 私はやるわ。攻略対象者を片っ端から落とす…じゃなく救済するのよ。

 そして、王としても女としても充実した勝ち組人生をゲットして、最期は偉大な国主と歴史に名を残して大往生を遂げるのよ。

 おーっほっほっ、エラーが何よバグがどうしたって?

 女王様にかなうものなんてありはしないんだから。


 いやまあね。

 一時のテンションに舞い上がっていたことは認めるんだけどさぁ。

 目の当たりにしてやっと気づいた現実ってやつに打ちのめされそう…。

「と言う訳でございます。女王陛下、なにとぞお慈悲をもってわたくしたち親子をお救いください」

 玉座に座る私の眼下で這いつくばるように身を投げ出す貴婦人。

 彼女が抱えているのは、幼い息子。

 がっちりと母親に拘束されて涙目になっている彼は、己の状況をわかっているのかいないのか。

「…ずいぶんと苦労なされたようですね、叔母上」

 叔母、と言っても彼女と私に近しい血のつながりはない。

 彼女は亡き祖父上様が晩年に養女にして、外国に嫁がせた公爵令嬢。

 生家は既に断絶して、この国に頼るべき血縁はもういない。

「境遇には同情しますが、帝国皇后という立場と、皇太子という身分を軽んじることは許されませんよ」

 さっきから泣きそうになりながらも私から視線を外さない男の子。

 ゴルト帝国皇太子、アーグィング=ディル=ゴールド。

 乙女ゲーム【久遠の愛を知る人よ】の、メインヒーロー。

 に、なる予定の5歳児である。

 

 あのロクデナシ婚約者の騒動から3年が過ぎた。

 わたしは14歳になっている。

 本来のゲーム世界でなら、まさにヒロイン出産間近―だったはずなんだろうけど。

 今の私は子供どころか、夫の影すらありゃしない。はっきり言って、おひとり様ライフエンジョイ中だ。

 なぜか。

 私が結婚とそのための婚約を断固拒否したから。

 あの騒ぎの直後、当然ながら婚約をまっさらな白紙に戻して、あのロクデナシを改めて牢屋にぶち込んだ。ついでに麻薬を扱っていた裏組織の我が国担当ボスとやらも捕まえた。

 と言うのも。

 あの時、ベッドの上で元婚約者とイロイロいたしていた女の一人が、そのボス本人だったから。

 何があったか詳しくは教えてもらえなかったが、要するに未来に絶望した元婚約者にクスリを強要されてぶっ飛んでいたらしい。

 ある意味哀れな人だ。

 たとえ逃げおおせたとしても、裏組織本家とやらは彼女を許さなかっただろうから、お先真っ暗ではある。でも、あの状態で拘束されたなんて、生き恥以外の何物でもないだろうな。

 いや、それはまぁいい。

 とにかくそれで一連の騒ぎには決着がついたんだけど、結果私に結婚相手がいなくなったことが周知の事実となって、当然ながらクリステラ王国のトップを狙う有象無象が、これでもかと湧いて出た。でも、私は自分の使命を思い出していたから、どこの誰にも是を出さなかったわ。

 宰相など泣くわ喚くわ、ありとあらゆる手を使って私を”然るべきお相手”と婚約させようとしたわね。当然断固として拒み通したけど。

 そして現在。

 私は内外に18歳になるまでは婚約も結婚もしないと宣言して、独身生活を謳歌している。

 娘となるヒロインには申し訳ないけど、父親となるべきあのロクデナシは昨年獄死した。最早彼女が産まれてくる可能性は低いだろう。

 無事まともな夫が見つかったら、産むのはやぶさかじゃないんだけどね。


 しかしまぁそれはまだ先の事だわ。

 今、私が直面しているのは、目の前の家出親子。

 家出?城出?―いや、国から出奔か。

 とにかく、この母は幼い息子を抱えて夫から逃げ出して生国に逃げ帰ってきた。だけど、もう親兄弟誰も残っていないので、顔も見たことのない養家の現当主を頼って五体投地状態。それだけならまぁたまにに聞く話なんだけど。

 問題は、逃げてきた夫が一国の皇帝で、息子は後継ぎの皇太子だってことだ。

 あはは…かんっぺきに国際問題まっしぐらだわねぇ。

 しかしさすがは乙女ゲームのメインヒーロ―。幼くとも将来期待大な美形だわ。

 わたしをひたと見つめる視線も、さり気なく母親を支える手も、うーんカッコいい。

「…」

 私は改めて帝国皇太子である幼児を見据えた。

 豊かな金髪、深い青の瞳。

 この子が将来腹違いの弟や自分に従わない貴族たちを粛清して、クリステラ王国を含めた周辺の国々を侵略、覇帝と呼ばれるようになるの?

 そしてヒロインを追いかけ回して、最後に愛し合うようになるの?

 それとも。

 別の攻略対象者と結ばれたヒロインと闘って、死を看取られるの?

 今現在、非力な子供である彼が。

 そうよねえ、ゲーム当時16歳の我が娘(ヒロイン)が産まれるかどうかの頃合いなんだから、攻略対象者(かれら)も当然設定年齢マイナス16歳なわけで。ゲーム時21歳のアーグィング陛下も、今は5歳で当然なんだ。

 ってことは他の対象者たちも…。

 そうだ、まだ幼児どころか乳飲み子や母親のお腹の中にいる男だっているはずよ。年下枠だった彼なんて、下手すりゃいまだに両親が出会ってすらいないかもしれないわ。

 

 それじゃあもしかして、助けなきゃいけないのは、攻略対象者(ほんにん)じゃなくて、その親たちなんじゃないかしら。

 正に今、この時のように。


「お願いでございます、女王陛下。わたくしはもう夫とともに在ることはできないのです。いえ、わたくしのことなどどうでもよろしゅうございますわ。修道院にでも牢獄にでも参ります。ですが、この子は、この息子は…どうか、どうかお助け下さい」

 言いたいことはわかるんだけど、 助けろって言ってもねぇ。

「叔母上、皇后陛下…。多分貴女方を助けられるのは、わたしではありません」

 叔母は涙で濡れた目に絶望を浮かべてわたしを見上げた。

「全ては帝国に巣食った愚か者の陰謀です。私が出来ることは」

 視線と仕草でで客人を呼ぶように伝えると、侍従が部屋を出た。

「ご夫君に事情を伝えて、お迎えに来ていただくことだけです」

 後ろの大扉から、威厳ある美丈夫が登場する。

 豊かな金髪、均整の取れた大柄な体躯。

 ああ、画面越しにキャーキャー叫びながら拝んでいたあの顔がやって来た。

 違うのは瞳の色。アーグィング様の目は母親譲りらしい。

「皇帝陛下、わざわざのご足労、ありがとうございます」

 ゴルト帝国皇帝エィジング4世。

 本来なら今頃例の裏組織によって薬漬けにされて、アーグィング様の腹違いの弟妹をせっせと作っているはずの彼は、正気を崩すことなく妻子を迎えにやって来た。

 感動の再会は、涙、涙の大騒ぎとなった。ったく、他人の城でメロドラマをやらかすなっての。

 ああ、大人になったアーグィング様が、どうしてあんなに強引な口説きや迫りをやらかしていたのか分かった気がする。

 父親譲り―いや、家系だわ。

 彼のルートはいわゆる正当メインストーリーなんだけど、別名を”捕まえてごらんなさい”ルートと呼ばれていたわ。

 ヒロインはとにかく逃げる、逃げまくる。アーグィング様はそれを追っかける。どこまでも。

 もう捕まる、これで捕まる、さあ捕まった―って言う間際のところで、ヒロインはするりと彼から逃げおおせ、次のステージへと進むの。

 あれはねぇ、本当に冷や冷やしたわ。

 だって、選択を間違えて途中で捕まっちゃったら、バットエンドまっしぐらなんだもの。

 かと言ってただ逃げ回るだけでもダメ。アーグィング様と適時邂逅して、それなりのエピソードをこなさないと、トゥルーエンドに到達できない。

 近寄って、逃げて、また近づいて。

 進めば進むほど、ギリッギリの所でアーグィング様の手をかわさないといけないという、実に大変なストーリー展開だったわ。

 でもそこがたまらなかったのよね。

 あとちょっと、指1本分っていうところで逃げおおせたスチルは、良くも悪くも心臓にキタわ。

『逃がさない』『俺があきらめると思うな』『これで終わりじゃないぞ』

 てな感じでヒロインを追いかけてくる金髪の皇帝陛下に、どれだけハートを撃ち抜かれたことか。

 最後、ついに自分から皇帝の胸に飛び込んだヒロインとの抱擁とキスシーンでは、床でのたうち回ったものよ。

 ああ、思い出しただけで…。

「陛下、女王陛下…ルーシェリア様。いかがなさいましたか?」

 前世の思い出に浸っていた私を、宰相の武骨なツラ―いや、顔が現実に戻した。

 そう言やこいつもいたんだっけ。うえっ、眉間にしわ寄せたゲジ眉ジジイの顔なんかで、美しい(?)思い出を汚さないでよ。

 無言で鼻っ面に掌底を打ち込んでやると、奴は鼻血を吹いて後ろにぶっ倒れた。

 ふっ、ここ2年間、格闘技の専門家に稽古をつけてもらった甲斐があるってもんよ。

 それだけじゃない。剣技も習ったし毒対策も、戦闘指揮も齧ったわ。

 3年前の元婚約者騒動以来、使命を果たすためにも女王として生き抜くためにも、のほほんと王城で守られてちゃダメだと一念発起したの。

 体力づくりと肉体改造…それから家臣たちを説得するのに1年かけて、戦闘訓練を始めたのが2年前。

 そりゃ同い年の騎士見習いや新米兵士たちより弱いから、暗殺者を返り討ちなんて無理だろうけど、何もできない淑女(レディ)に比べたら全然違うはずよ。

 何かあった時、とっさに動けるかどうかで警備もかなり違うはずだからね。きゃあとか叫んで気絶するような真似はしません。

「ゴルト皇帝陛下、これで事情はおわかりのはずですわね。お国に帰ったら、間違いなくお伝えした輩を処断して下さることを期待しておりますわ」

 皇帝を薬で傀儡にしようとした連中は皇后と皇太子が邪魔だったから、あの手この手で母子を攻撃した。実にえげつない手を平気で使っていびり倒し、皇后は耐え切れずに祖国へ逃げてきたんだけど、ゲームの中じゃ、クリステラ王国は母子を受け入れず見捨てたの。嫌がる皇后を無視して、息子共々無理矢理婚家へ戻し。結果皇后は1年経たずに殺されたわ。

 残されたアーグィング様がその後どうやって生きたのか。―苦難の10数年だったとだけ言っておきましょう。とにかくゲーム内で語られたその人生に、ヒロインもファンも涙々だったわ。

 そりゃあ簒奪や戦争を吹っかけても不思議じゃないわねって、ゲームプレイヤーだった頃は納得したけど、現実に関わってみれば、冗談じゃない。

 ロクデナシ王婿も外道宰相もいないんだから、ここはしっかり軌道修正させてもらいますとも。

 あ、外道宰相になる予定のアイツは3年前の組織犯罪発覚時、早々にやらかしを見つけて処刑した。

 ったく、あの”エラー”とやらは、面倒くさいんだか手っ取り早いんだかわかんないわね。

「ありがとうございますルーシェリア陛下。このご恩は忘れません。我が国の膿も、必ず取り除いて見せますとも」

 とってもいい笑顔をむけて下さる皇帝陛下は、ゲームの中の息子より魅力的だった。

 ―ちっ、妻子持ちでなけりゃ良かったんだけどね。あーあ、産まれてくるのが10年早けりゃ、私が花嫁候補だったかもしれないんだけどなぁ。


 と、その時は悔しさを噛みしめたんだけど。

 その後、ゴルト帝国内では物凄い粛清の嵐が吹き荒れたとか聞いて、そういやあの男は国内外で敵を殺しまくったアーグィング様の父親だったと気づいた。

 嫁に行かなくて良かったかもしれない。

 

まずは1人目。でも、このお話では本命じゃありません。

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