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10.海に生まれし者は嵐に向かう

 さて結論から言うと、本日の食事大抗争で、わたしは勝利を治めた。

 横からビスケットを掻っ攫おうとした水夫を投げ飛ばし、コック長お得意のベーコン焼きを掠め取ろうとしたボーイを蹴り倒して食い扶持を確保。そこに容赦なんぞ一切ない!

 基本塩漬け肉から作られた料理は、大雑把な味付けばっかりだけど、慣れるとこれが妙に癖になるのよね。

 ただ、前世を覚えている身としては、ちゃんとビタミンも取れるメニューを推したいところ。

 ザワークラフト?風な漬物は、ガッチリと確保してある。

 揺れまくる船での食事は、船酔い癖のある人にとっては地獄なんだろうけど、わたしは幸いそれほど酷くない。

 初日こそぐったりしたけど、以降はピンピンして動き回ってたものね。

 おかげで大騒動を起こしちゃったけど。

 

「奥方様、食事を持ってきたわよ。赤ちゃんはどんな感じ?」

 さすがにこの人が食べるものは、船長命令で確保されてる。メニューも幹部と同じ。

 ことさら大きな音でノックして、更に大きな声をかけて入室すれば、なりたてのお母さんは見るからにホッとした顔になった。

 無理もないか。

 なんせ破落戸(ゴロツキ)そのものな男どもしかいないもんね。いつ何時不埒な奴が飛び込んできてもおかしくない状況なんて、この嫋やかな女性にとっては苦痛でしかないんでしょうね。

 もちろん船長(キャプテン)のオルガスが厳に禁止してるんだけどさ、飢えた男なんて野獣もかくやだものね。

 安心できるのは、わたしだけなんだろうな。

「ありがとうございます。今、眠ってますわ」

 なんとまぁ、あの大きな音と声にも全く動じず、すやすやと寝ている。生まれたての赤ちゃんなんてそんなものかもしれないけど、ソレにしたってこの子は随分たくましいと言うかなんて言うか。

 まぁねぇ。

 あの大騒ぎの中で、しれっと生まれてくるような豪運の持ち主なんだから、それも当然か。

 だからこそ、何年か後には海神の愛子(めぐしご)と呼ばれ、更に大人になれば海の覇者と称されて、一大船団の頭目になるんだものね。

 でも、その正体は――。

「きっとこの子には神仏の加護があるんですわ。わたくしの愛しい陛下の御子ですもの」

 別大陸を支配するツァイ帝国の、皇子様なんである。

 チャンチャン。

「そ、そうねぇ。きっと大きくなったら大勢の人たちを従える、凄い男になるわよ」

「貴女様もそう思われますか」

「ええ、もちろんよ」

 ただし、陸上の大宮殿じゃなく、海上の甲板でだけどね。

「きっと世界どこへ行っても、皆に愛されるに違いないわ」

 皇帝になんてならなくてもね。

 ツァイ帝国。

 おそらく世界最大の版図を持つ、大国。その頂点たる皇帝ともなれば、絶対的な権力でもって君臨している――と、思われがちだけど。

 なかなかそうはいかないものよ。

「ああ、皇帝陛下に早くこの子を会わせて差し上げたいわ」

「…」

 それは、どうなんだろう。

 ゲームそのままの流れなら、ツァイの皇帝がこの子に会えるまでに、十数年の時を要するんだけど。

 それは、もう破綻しているというかなんと言うか…。

「さぁ奥方様。今はもう少し休んでください、赤ちゃんはしばらくわたしがみてますから」

 このまま行けはやって来るかもしれない苛酷な未来を忘れたくて、わたしは声をかける。

「ありがとう。あ、でも」

「なんでしょう?」

 何かに気づいたらしい彼女は、横になりかけていた身を起こして。

「まだ名前をつけてなかったわ。この子をなんて呼ぶのか、早く決めないと」

「皇子様としての名前が、上がっていたんじゃないんですか?」

 あちらでの名づけ習慣について詳しくはないけど、確かそんなようなものがあったような気がする。

「それはもちろんあるんですけど、云わばそれは正式な名で、父皇帝陛下以外は滅多なことでは呼べません。だから親しく呼ぶための仮の名前が必要なんです。正名は父親が、仮名は母親か、あるいは親しい誰かが授けるものなのです」

 へぇ、あれかな。(あざな)とか通称とかみたいな。

「もしよければですが。貴女様が名を授けてくださいませんか」

「え?わたしが」

 天下のツァイ帝国皇子様の名付け親に、ですって。

「はい。海外とは言え、一国の女王陛下に頂けた名前となれば、箔が付きますわ」

「…この状況で、女王も何も。でも、まぁいいわ」

 問題があるようなら、後で改名してもらえばいいものね。

「じゃあ、決めるわ。こちら風な名前になるんだけど、この子の名前はね――」

 海で生まれて、海に生きる。どんなに波高く荒れた海でも乗り切って進む、海の愛し子であり覇者であり、そして、彼方へと挑戦する彼。

 ゲームで彼のルートをプレイした時、何度その名を叫んで萌え狂ったことか。

「この子の名前は、カイオン――海汪よ」


 カイオン――カイオン=ディーシーズ。

 ツァイ風での名前は、劉海汪。ただし、こっちの名前はゲーム後半まで明かされない。

 妊婦だった母が、海に流されているところを海賊船に拾われて生まれた、生粋の海の男。

 彼を育てたのは、生まれた船の船長と船員たち、そして母港の女性たち。云わば、海に生きる人たちばかりに育てられたのよ。

 当然ながら彼は、自身も海へ出て船を住処とする人生を選ぶんだけど。

 ヒロインとの出会いで、その出生を始めとしたあれやらこれやらが次々に襲ってきて、まさにハリケーンに突っ込んだが如くの大嵐人生となるの。

 その波瀾万丈には、ツァイ帝国の皇位継承騒ぎまで混じっていて、色々と判明した意外な事実は、彼を歴史の表舞台へと押し上げる。

 ヒロインはそんな彼に、云わば巻き込まれる形で大陸二つの未来を託されてしまうという――ゲーム中ある意味一番壮大なストーリーが展開されるルートよ。


 なんだけど、最初の設定からしてなぜか違ってるのよ、これが。

 母親は彼を産んですぐに亡くなった。だからその血筋なんて解ろうはずもない、と言う、ある意味テンプレ中のテンプレな設定なのに。

  なんでこの(ははおや)、ピンピンしてるんだろう?

 落ち着いたところでそこに気づいて、考えてみた。で、思い出したのは、飛び込んできた刺客から咄嗟にかばって、立ち塞がった自分自身。

 あれかぁ。

 多分あれが無かったら、刺客の刃はこの女性に突き立てられていたはずよ。ゲーム中で語られることはなかったけど、カイオンの母親は、産褥死じゃなくて暗殺だったんだわ。

 多分あのタイミングだと、彼女を殺した直後にオルガスがあの刺客を倒して、カイオンは助かったんだわ。

 と言うことは、もしかしたらゲーム上のカイオンの半生は、もう変わってるのかもしれない。

「ハイウォン、素敵な名前ですわ。ありがとうございます、リューチェイアン様」

 ニコニコと機嫌よく笑ってわたしの手を握る女性は、出産で疲れてはいるけど、元気いっぱい。

 わたしが口にしたカイオンも、わたしのルーシェリアという名前も、ツァイ風に発音する彼女。こちらの大陸語をかなり流暢に話すけど、固有名詞はなぜか訛りが出るのよね。

 このままだと、この赤ちゃんは多分ハイウォンという名に馴染んじゃうんじゃないかしら。

 それはちょっと…複雑だわぁ。

 いや別に、無事に生き延びてくれるんなら文句はないんだけど、ゲーム中、『カイオン!』って叫び――いや、呼びまくってた身としては、ねぇ。

 この世でわたしのみが抱くだろう感慨を持って、眠る赤ちゃんを見てると、なんかこう言いようのない、これこそわたしが望んだものっていう深い達成感みたいなものが湧いてくるわ。

 でも、ねぇ。

 カイオンはこうして逢うことができたけど、男爵領で生まれるはずの幼馴染な彼は、未だ存在すらしていない。

 ま、当然よね。彼の両親は、ようやく結婚したばかり――いえ、やっとのことで、結ばれたと言うかなんと言うか…。

 今頃こっちの苦労をよそに、せっせと子作りに励んでいる頃合いなんじゃないかしらね。

 そりゃ、そうじゃなきゃ困るんだけどさぁ、なんかこう、腹が立つわよね。

 勝手にイイ思いしやがって、なんて僻んでも許されるんじゃない、コレ。

 大体、あの二人があそこまでこじらせてたのって、結局周囲に気遣ってた結果なんだし、わたしは完全にとばっちりよ。

 これで彼が生まれてこないなんて事になったら、本当にたまったもんじゃないわ。


 今、わたしは海の上にいる。

 周囲まんべんなく、波と風。どこまで行っても果てのない、ただただ広い水の世界。

 もう、見飽きちゃったわよ。

 この世界に転生してから、初めて海を見た時はそりゃあもう興奮しまくったのに、今となっては…。ほんの数日前のことだってのに。いや、数週間前、かな?

 ダメだ、時間感覚がおかしくなってる。あまりにも色んなことがありすぎて、間と間の記憶すら曖昧だわ。

 要は、どうしてこうなった?、だわね。

 えーっと確か、議会の大人共を言いくるめて――いえ、説得して、海がある直轄地と男爵領へ視察に赴いたことから始まったのよ。

 それもこれも、攻略対象者のため。

 このままじゃこの世に現れることすらできなくなりそうな、幼馴染の男爵令息を救うべく、無理を押して国の端っこまで出向いたのよ。

 はなはだ不本意ではあるけど、意地を張りまくってこじれてる、彼の両親とやらをくっつけるためにね。

 それなのに。


 なんで、国家転覆クラスの大陰謀に突っ込んじゃうかなぁ。


 いや、仮にも女王である以上、いつかは渦中に放り込まれてたんだろうけど、それはもうちょっと後の事だったはず。

 向こうの親玉がエラそうにドヤ顔して玉座に迫ってくる、みたいな状況だったら、わたしだってそれなりの演出でもって迎え撃ったわよ。

 なのにさぁ。

 くっそ、あのドジョウ髭の狸腹め、国に戻ったら、あいつのキモい七三分けの髪をムシってやる。断頭台に送るのはそれからよ!

 ああ、今は亡き父上が、あんなボケナスを直轄地代官にしなかったら、こんなことにはならなかったのに。

 わたしは今回の原因であるキモオジを脳内で拷問・惨殺しながら、すやすやと眠る赤子に癒された。

 これって、別の意味で不健全なのかしら?

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